正直のところを言えば、筆者の頭の中には「2人の役割を明確に分けたほうが書きやすい」という発想があった。記事を書くときに往々にして起きることだが、「記者にとっての書きやすさ」や「読者にとってのわかりやすさ」を優先し過ぎると、本質を見誤る。しばし押し問答が続いたあと、古森さんが次のように語ったことで、真意がはっきりした。

「契約栽培のように受け止められたくないんです」

 問題が、2人の取り組みの核心部分に関わっていることがこれではっきりした。就農した若者が、学生時代の友人が開いたレストランのために野菜を出荷しているわけではない。別の言い方をすれば、店と畑の間で取引しているわけではない。レストランと農場は一体。だから店名は「WE ARE THE FARM」なのだ。わかったつもりで記事を書こうとして、彼らが経営でもっとも大切にしている部分への理解が十分ではなかったことを反省した。

食品の製造過程への興味から見えたもの

 本題に入ろう。2人に取材していて面白かったのは、事業のミッション性への思いと、プラグマティックな冷静さ、2人を含めたメンバーのモチベーションの維持の3つが絶妙なバランスをとっていることだ。

 先述したように、古森さんは将来の起業を視野にまず和食店で修行した。場所は都内にある懐石料理の高級店。古森さんはそこで働きながら、いろんな食品の製造過程に興味を持ち、「ふだん何気なく食べているものが、どうやって作られているのか」を調べてみた。「もちろん全部ではありませんが」と前置きしたうえで、次のように語った。念のために強調しておくと、古森さんが修行した和食店のことを言っているわけではない。

 「廃棄処分になりそうな野菜を漂白剤のプールに入れ、添加物をいっぱい入れて加工して、安値で売られているものがあります」

 筆者が自ら取材した例ではないので、具体的な商品名は避けるが、古森さんは和食店での修業時代、「自分たちがふつうに食べてるものの中には、そんなものも混じっている」と気づいたという。ある水産加工物について勉強したときは、魚市場の関係者から「自分たちは絶対食べない。ゴミみたいなものだ」と言われたこともある。販売されている以上、健康を損ねるものではないと思うが、事実を知る人が好んで食べたいと思わないのも確かなのだろう。

 古森さんが当時感じたことは、いまの畑と店舗の運営の考え方の背景にある。野菜作りで農薬や化学肥料は使わない。店舗で調理するときも、野菜に過剰に手を加えず、素材の魅力がシンプルに伝わるように工夫する。