田中氏が農場展開を始めたベトナムのダラット高原(写真は田中氏提供)

 ここまでみてきたように、田中氏の発想は、必要とされるものに応えるための仕組みづくりという点で終始一貫している。質問への答え方も理詰めだ。成果の1つとしてトマトの収量を聞くと、しばしの沈黙ののち、「大事なのは収量ではなく、収量と単価のかけ算です。単位面積当たりの売り上げなら、一般的な施設の3~4倍はあります」。グループ全体の2016年の売上高は約10億円で、17年は13億円を見込んでいる。

 念のためにつけ加えると、田中氏は国内から海外に戦略の比重を移したわけではない。兵庫や山梨のような大型の栽培施設を、岩手や宮城など各地につくる計画が具体的に動き始めている。

地域にとって価値ある産業に

 「農業を始めたときの思いが仲間の思いになり、仲間の思いが地域の思いになり、兵庫や岩手や宮城にどんどん広がり、それが必然的にベトナムにも広がっていった。やりたいことは1つ。農業を地域にとって価値ある産業にすることです」

 「農業」とひと言で言うが、ずいぶんと多様になってきたものだとつくづく思う。

 家族との時間を大切にするため、忙しい会社勤めをやめて小規模な農場を営む人もいれば、セカンドライフとして挑戦する人もいる。かつては考えられなかった大規模農場が誕生する一方、農場でイベントを開くサービス業的な経営もある。鳴かず飛ばずだった植物工場にも全国のスーパーに野菜を供給するところが登場し、そして田中氏のように「篤農」という言葉を現代に翻訳して精密農業を目指す人も現れた。

 その田中氏は国内外を飛び回る毎日だ。直近で連絡をとったのは連休中。その日は早朝にベトナムから戻ったあと、仕事の合間に取材に応じてくれた。相変わらず体がいくつあっても足りないような仕事ぶりだが、取材の最後にこんなふうに語っていた。

 「毎日好きなことをして遊んでます」

 仕事ではなく、遊び。田中氏は常々「農業で人を幸せにしたい」と話している。「まいった」という感想で、今回は締めくくりとしたい。

新たな農の生きる道とは
コメをやめる勇気

兼業農家の急減、止まらない高齢化――。再生のために減反廃止、農協改革などの農政転換が図られているが、コメを前提としていては問題解決は不可能だ。新たな農業の生きる道を、日経ビジネスオンライン『ニッポン農業生き残りのヒント』著者が正面から問う。

日本経済新聞出版社刊 2015年1月16日発売