北杜市でコメをつくる意味はほかにもある。吉野家が牛丼に使っている多収性の品種「みつひかり」の栽培がこの地域で可能かどうかを確かめるという目的だ。周囲の農家がつくっているのはほとんどがコシヒカリ。もし、みつひかりの栽培が可能だと分かれば、周囲の農家に作付けを提案し、新たな産地とすることを計画している。

 以上が、吉野家HDが神奈川で7年間続けていた農産物の生産を、大幅に縮小するにいたったてんまつだ。それにしても、と思う。衰退の危機が叫ばれる農業を再生させるには、企業の力が必要という見方を持っている人が少なくない。その最たるものが、企業がみずから農業に参入することへの期待だろう。

企業の威信をかけて、ねばり強く

 実態はどうか。かつてオムロンとユニクロが農業に参入し、うまくいかずに撤退した。モスフードサービスは有力農業法人と組み、トマトの施設栽培を続けているが、背景には以前みずから農産物をつくってみた経験から、栽培はプロにまかせるべきとの結論にたっしたという事情がある。吉野家HDが事業の抜本的な見直しを迫られた。正直を言えば、「またもや」という印象をぬぐいさることができない。

 結局のところ、企業がやったからと言って、それだけで農業がなんとかなるわけではないのだ。この連載で以前、カゴメの生鮮トマト事業を取り上げたが、安定して利益を出せるようになるまでに10年以上もかかった(2015年8月7日「苦節10年!トマトでなければやめていた」)。カゴメがみずからのアイデンティティーと威信をかけてのぞんだからこそ、ねばり強く我慢し続けることができた。

 イオンの子会社は全国21カ所で農場を運営し、面積が計320ヘクタールと有数の農業法人に成長したが、それも何か突飛な手法でたどりついたわけではない。(2016年4月8日「イオンの稲作、1年目の『成功と失敗』」。基本は既存の先進農業法人と同じ姿勢で農業に挑み、そこに企業的な努力を少しずつ積み上げた結果だ。

 農家と違い、資本力のある企業が農業をやる意味は潜在的にはきっとある。だが現時点で、そのポテンシャルを発揮できたと評価できる事例は一部の例外を除いてほとんどない。これまで農業やその関連ビジネスから撤退した企業と同様、吉野家HDのケースで評価できるのは、「関係した農家には迷惑をかけなかった」という点かもしれない。

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