現場取材をしていると、自然と向き合う営みの素晴らしさに心を打たれることがある。それが農業の真価だと心から思う。農業と接していると、いい意味で「目線が下がる」。だが、ふと立ち止まって考えることがある。そういう視点は現状を肯定することになりはしないか。既存の農業の価値を否定すべきではないが、世界を覆う技術革新の波を無視していいはずがない。
農政の課題は経営問題から食料問題へ
もう1つ考えるのは、リポートの背景にある食と農の構造変化だ。日本の農政はガット・ウルグアイ・ラウンドで農産物貿易の自由化が焦点となった1990年代前半から、ずっと「経営問題」が焦点になってきた。日本は国民が飢えに苦しむような貧困国ではない。つまり食品は余っている。にもかかわらず自由化でさらに食品が流入する。当然、農家の経営は厳しくなる。
そこで浮上したテーマが「家業から企業への脱皮」。農政は農家の法人化を推奨するとともに、企業が農業に参入するチャンスを段階的に広げてきた。自民党の小泉進次郎農林部会長のもとで課題になった全国農業協同組合連合会(全農)の改革も、そうした政策の流れの延長線上にある。一貫しているのは、農業生産に関わるプレーヤーの経営の向上だ。

ところが、20年以上のときを経て、食と農をめぐる環境が徐々に変化した。中国をはじめとする新興国で中間層が爆発的に増大し、将来の食料不足が意識されるようになった。日本の経済力が相対的に落ち、海外から輸入しようとしても「買い負け」するリスクも指摘され始めた。国内に目を移せば、高齢農家の大量リタイアによる生産基盤の弱体化が現実のものとなりつつある。
これらを巨視的に見れば、農政が向き合うべき課題が、経営問題から食料問題へと移行しつつあることがわかる。政策を構築すべき座標軸のパラダイムシフトだ。
農水若手たちは現在の延長で未来を描くのではなく、「これまでと異なる非連続な社会構造」を想定し、そこからさかのぼって今行動に移すべき政策を考えるというアプローチをとった。キーワードになったのは経営ではなく、消費者であり食だ。リポートには「平時の日本では国内の食料価格が高騰し、中間層以下は食料アクセスができなくなる」「有事の際に食料調達が困難になる」というリスクシナリオも想定した。
今回は有志による勉強会をもとにしたリポートであり、農水省としての正式な見解ではない。政策を考えるのはこれからで、省として政策提言するための枠組みを発足させた。有志のメンバーは食に関係する新しいテクノロジーの導入などを提案している。方向性を出すまでの期限は1年後がメド。農政の転換に注目したい。
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