リポートはこうした例をもとにイメージを膨らませ、膨大なデータを結びつけるプラットフォームとAIの活用で、世界規模で「消費量や価格、生産量が高い確度で予測され、高度に消費者と生産地がマッチングされるようになる」という未来像を描き出す。絵空事に聞こえるかもしれないが、リポートは「世界の事例には、食品流通の常識を覆すような取組がある」と訴える。
リポートに見る新たな食の秩序の胎動
50ページもあるリポートなため、詳細を伝えようと思うと、話はどんどん広がっていくが、読者の関心はそろそろ肝心な点に移っているだろう。「で、結局何がしたいのか」。シンクタンクのような第三者的な立場ではなく、現役の官僚が役所のホームページで公開するリポートである以上、現実の政策と切り離されたままでいいわけがない。
取材でこの点を聞くと、かなり突っ込んだ議論を経てリポートをまとめたことがわかってきた。焦点の1つの「細胞培養肉」。いざ実現しようと思うと、賛否ともに予想される。「環境に優しい」「でも消費者は気持ち悪いと思うかもしれない」「クローンを連想させる」「生命倫理上どうなのか」「家畜を殺さないですむ」「そもそも人口増をどんなタンパク源で支えるべきか」。彼らは筆者に様々な論点を示したうえで、日本の農業の現実にも触れた。
「もし培養肉が実用化されたら、畜産業はどうなるのか」
ただし、リポートは国際的な穀物メジャーや米国最大の食肉企業が「細胞培養肉ベンチャー」や「植物性タンパク質肉ベンチャー」に投資している現実にも言及している。「日本の畜産業はどうなるのか」という懸念から遠く離れた先で、新たな食の秩序が胎動しているのだ。

取材では、最先端のテクノロジーの動向だけでなく、足元の農政の課題にも話題がおよんだ。その1つが、天候不順で頻繁に問題になる野菜の値段の高騰だ。この点に関し、メンバーの1人はこう話した。「キャベツの流通の全体像を把握するのも簡単ではありません。畑にどれだけキャベツが残っているのかさえ、聞き取りベースの情報です」。データベースを整備すれば、予測をもとにして野菜不足を軽減できるのではないかという問いかけだ。
このリポートを読んで、今とまったく違う食の未来を想像してわくわくする人もいるだろう。一方でおそらく、農業関係者から微妙な反応が出ると思う。「高齢化と耕作放棄にあえぐ農業と農村の現実をどうしてくれるのか」。そういう反応を理解できないでもないが、少し目線を上げてみたくもなる。
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