少しずつ変えることをよしとする「漸進主義」がこれまで農政の伝統的な手法だった。だが、それでは「いくらAIという言葉を使っても、世の中についていくことはできない」。

 「農水省が持っている既存のステークホルダーだけでは事態を突破できないと思いました」

 ここで「既存のステークホルダー」とは、「生産者や農協、自分が農業や食品産業に所属していると思っている人たち」を指す。若手チームは彼らを否定しているわけではないが、その外側にいるプレーヤーを呼び込まなければ、「食の未来地図」を描くことはできないと考えた。リポートで目指したのは、そうしたプレーヤーを呼び込む「集魚灯」の役割を果たすことだ。

 どんな問題意識で有志が集まったのかはわかった。そこで、再びリポートの紹介に戻ろう。取り上げられているトピックスは、どれも日本の農政の文脈では出てこないようなものばかりだ。

「細胞培養肉」をめぐる動きに注目

 注目を集めそうなテーマの1つが、再生医療の技術を応用した「細胞培養肉」。培養肉は動物由来の肉と比べ、水の利用が5分の1以下、土地資源の利用が100分の1、温室効果ガスの排出が4分の1以下ですむといった試算を踏まえ、「動物を殺す必要がなくなり、資源制約や環境負荷の問題も乗り越えられる」と強調した。資源制約は、土地を必要とする飼料作物の生産などを指す。

 IBMが米国の食品企業や中国の大手オンライン通販と協力し、食品のトレーサビリティーを実証している動きを取り上げ、「生産から消費までの情報を握る巨大プラットフォーマーになるか?」と問いかけた。デファクトスタンダードの確立は日本が苦手とする分野であり、世界の動向にアンテナを張るのはそれを克服するための当然の一歩だろう

 これに関連し、中国のアリババ集団や米アマゾンなどが実店舗に参入している事例を紹介。ウェブの世界の巨大プレーヤーがリアル店舗まで手に入れることで何が起きるのか。答えは「『30代女性、日本人』といった大ぐくりの情報ではなく、『誰が何時何分に何をやっているか』といった消費者の情報まで補足される時代が迫っている」。それが現実となったとき、食の世界がどう変化するのかを考えるのが、彼らの第一の目的だ。

 未来を占うための具体例も挙げた。イメージしやすいのが、スマート家電と3Dフードプリンターだ。スマート家電はIoTで外部とつながり、冷蔵庫のタッチパネルで食材の注文やレシピの閲覧が可能になるといったサービスが登場する。

スマート家電のイメージ。冷蔵庫のタッチパネルで食材を注文する(「この国の食と私たちの仕事の未来地図」より)

 3Dフードプリンターはゲル状や粉末の食材を使い、様々な料理を家庭で自動で作ることができるようになる。「調理」という概念を根底から覆すサービスだ。食材はドローンや自宅に設置するミニ植物工場から調達する。いずれも既存の流通システムに劇的な変革を迫るはずで、「誰が何時何分に何をやっているか」という情報がサービスを可能にする。