翻って農業界を考えると、会話の中身は農協や農水省に対する悪口や、隣近所の噂話ばかりだった。「あのレストランのホスピタリティーを農業の世界に取り入れたら、どこまで可能性が広がるだろう」。様々な産業の課題や解決方法を見ながら、農業に置きかえて考えるクセがいつの間にかついていた。

 こうして田中氏は「どうしても農業をやりたい」という気持ちを抑えきれなくなり、金融マンとして成功を収めていたプルデンシャル生命を辞め、農業法人のサラダボウルを立ち上げた。

 パートを含めて6人を採用してのスタートだった。実家の農業を継ぐのではなく、耕作放棄地の開墾から始まった経営は必ずしも楽なものではなかったが、真摯に農作業に向き合う姿が次第に理解され、農地がどんどん集まっていった。販売先からも「もっと出荷してくれ」と言われるようになった。

 ところが、拡大基調に入っていた当時のことを、田中氏はこうふり返る。

 「いつつぶれても、おかしくないと思ってました。苦しくて苦しくて、仕方がありませんでした」

上農は草を見ずして草を取り

 金融マンとしてのぴかぴかのキャリアを捨て、そこで培った豊富なノウハウをひっさげて農業の世界に入った田中氏は、なぜそれほどの苦境に立ったのか。どうやってそれを克服したのか。そして、国内各地の大規模な栽培ハウスの建設や海外事業を通し、どんな経営を実現しようとしているのか。

 ここから先は次回のテーマだ。だが、そのさわりだけ言えば、苦境を通して痛感したのは、冒頭に掲げたようなメリハリの効いた時間管理と、それを可能にする作業の組み立ての大切さだ。そういうプロセスを経て、田中氏は農業界に古くから伝わる格言へとたどりつく。

 「上農は草を見ずして草を取り、中農は草を見て草を取り、下農は草を見ても草を取らず」

 次回は、「匠(たくみ)の農」の意味を考えながら、サラダボウルグループの現状と未来をお伝えしようと思う。

新たな農の生きる道とは
コメをやめる勇気

兼業農家の急減、止まらない高齢化――。再生のために減反廃止、農協改革などの農政転換が図られているが、コメを前提としていては問題解決は不可能だ。新たな農業の生きる道を、日経ビジネスオンライン『ニッポン農業生き残りのヒント』著者が正面から問う。

日本経済新聞出版社刊 2015年1月16日発売