プログラムの内容は、日本の農業者が国内ではまず経験のできないものだった。例えば、ディベートのクラスでは、欧州連合(EU)の共通農業政策(CAP)をテーマに議論した。農業、環境、財務の各分野のアイルランドの閣僚、農家のリーダー、消費者のリーダーなどの立場から、参加者が意見をかわす形式だ。

 もちろん、会合に出席した農業者たちがCAPやアイルランドの農政に精通しているわけではない。重要なのは、「もし自分が閣僚だったら」と仮定し、ふだんとは違った視点から問題をながめてみる点にある。前田さんはアイルランドの牛肉のブランドについて、血統と肉質に関する書類を整備して信頼性を高め、輸出を増やすことを提案した。

農政も考える「鳥の目」と76人の名刺

 前田さんにとってこの体験は、農業と農政のことを改めて考えるきっかけになった。「これまで消費者のことは考えてきたが、補助金を出す財務省や農水省、流通企業のことはあまり考えてこなかった」。経営の針路を「鳥の目」で見定めるには、そこまで視野を広げる必要があると気づいたのだ。

 ジオラマを使った酪農の経営改善のシミュレーションもユニークだった。課題は「35歳で独身のケイトの農場の売り上げを5割増やし、同時に環境への負荷を減らす」。前田さんが提案したのは、近隣の農場の土壌分析。なかには「となりの農場のトムが離婚し、ケイトが再婚すれば売り上げは増える」という「大胆な意見」も出たというが、これは交流会ゆえのご愛嬌だろう。

ジオラマを使い、農場経営の改善を議論するナフィールドの会合(アイルランドのキャバン、Nuffield csc提供)

 もっと大切なのは、各国の農業界の人脈を開拓する場になったことだ。前田さんのつくったメモによると、参加したのは「300ヘクタールの豪州のコメ農家のドリュー」「スコットランドで酪農を経営しているロバート」「アイルランドの酪農指導員のレベッカ」「日本の農水省も注目する豪州の養殖業者のダン」などさまざま。前田さんは今回、76人と名刺を交換した。