「農業危機を企業参入が打破する」「植物工場が農業を革新する」。ときにメディアにみられるこうした安易な見方に筆者は懐疑的だ。どちらも、「農業は遅れている」という「上から目線」が発想の背景にあるからだ。だが、もしかしたら本当に農業を変えるかもしれない。そう期待させるケースが登場した。

 その「農場」は、京都市の西側の亀岡市の田んぼのなかにあった。農場と書いたが、外からみるとその建物は何かの事務所か倉庫のようにしかみえない。ところが、建物に入り、階段を上ってガラス窓からなかの作業場をのぞくと、妖しい光に照らされた栽培棚で育つ無数のレタスがあった。

06年に設立、14年に黒字化、世界最大級

 と、ここまではよくある植物工場の描写だ。たいていは魅惑的な光景にうっとりし、「この革新的な技術が日本の農業を変えるだろう」といった記事を書いてしまう。この連載でも以前強調したように、植物工場は露地の畑と比べて高コストで、メディアが盛んにもてはやした事例でさえ、あっさりと破綻した(2016年9月30日「『夢の植物工場』はなぜ破綻したのか」)。

 結論から言おう。多くの植物工場が赤字に悩まされているのに対し、今回紹介する工場は2014年3月期に黒字化した。1日当たりの出荷量は2万1000株で、一工場当たりでは世界最大級。運営しているのは、2006年設立のベンチャー企業のスプレッド(京都市)だ。

田んぼに囲まれたスプレッドの植物工場(京都府亀岡市)
田んぼに囲まれたスプレッドの植物工場(京都府亀岡市)
レタスの生産は1日2万1000株(京都府亀岡市)
レタスの生産は1日2万1000株(京都府亀岡市)

 こういう説明をしても農業に詳しい読者は、「露地と比べて競争力はあるの?」という感想を持つかもしれない。そこで、この工場のもっとも特異な点に触れておくと、おもな販路がスーパーなのだ。ふつう植物工場は「生産は安定しているが高コスト」というハンディをカバーするため、機能性をうたって高値で売ったり、「価格の安定」を優先する大手外食に売ったりする。

 ちなみに、スプレッドの売り上げは2016年3月期も2017年3月期も約8億円。伸び悩んでいるわけではない。工場がフル稼働になっていて、1カ所だけではこれ以上、売り上げを増やせないのだ。大手スーパーに聞くと、「仕入れを2倍に増やしたい」「品種も増やしてほしいと頼んでいる」という。スプレッドはどうやって、価格競争の激しいスーパーを販路に、植物工場の運営を軌道に乗せることができたのか。

次ページ どう組み合わせるか、ノウハウは人に宿る