前回と今回の記事のタイトルの「三勇士」はこの手紙からとった。出荷した野菜にはアーバンファーム八王子のシールは貼ってあるが、3人のことは書いていない。社名を頼りにホームページをみて、3人のことを知ったのだろう。

顔が見える。空が広い。地域とつながる

 この手紙は作業場の冷蔵庫に貼ってある。「初心忘れるべからずという意味です」。ここで代表の続橋さんが、会社員時代をしみじみふり返った。

 「『ありがとう』のひと言がこれほどうれしいものとは。会社では代理店を通して商品を売っていたので、どこに売れているのか知りませんでした。ユーザーの顔は全然わかりませんでした」

会社員時代と違い、「顔のみえる商品」を目指す。(写真提供:アーバンファーム八王子)
会社員時代と違い、「顔のみえる商品」を目指す。(写真提供:アーバンファーム八王子)

 取材のトーンが一気に変わった。「病気しないね」「擦り傷とか、腰が痛いとかはあるけど、自分たちがやりたいことを自分たちのペースでやってるから、ストレスがない」「農業というビジネスをやる緊張感がある。体力を維持できるし、ぼけ防止にもなる」。栽培の苦労話はいつのまにか終わっていた。ここで再び、続橋さんの総括だ。

 「ぼくら新宿で働いていたんで、ビルに囲まれ、上を見ても空が狭かった。いまはものすごい広いところで気持ちよく作業ができる。最高の1年でしたね。すべての時間が楽しかった」

 では今後の課題は何だろう。「まずは後手後手ではなく、基本的な技術をしっかり身につける」「まともな野菜をつくれるようスキルアップしないといけない」。そのうえで、当面は2倍くらいに規模を広げるのが目標という。

 ここで強調しておきたいのは、会社を辞めることイコール、社会と距離をおくことではないという点だ。実際はその逆。貧困家庭の子どもに食材を提供するボランティアに協力しているのはそのひとつ。「会社員時代は家と会社の往復で、地域との接点がなかったな」。いまは、規格外の野菜を活用する取り組みをしている大学生が出入りしたり、子どもたちに畑を開放したりと、地域とのつながりはどんどん広がっている。

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