あいまいさを取り除いた先に

 久松さんの取材で、印象に残っている光景がある。東日本大震災の直後、食の安全をテーマにした会合に久松さんが講師として呼ばれた。そこで久松さんは次のように語ったのだ。

 「フグは毒があるのに、どうしても食べたいと思う人たちがいる。自分の作る野菜もそういうものでありたい」

 細かい言い回しは覚えていないが、野菜の価値をフグに例えた表現に、「泣き言」を言うのをよしとしない決意を感じた。

 このとき、聞き手の多くは思い切り当惑しているように見えた。聴衆の多くはきっと「原発事故で売り上げの減った気の毒な有機農家」をイメージしていたのだろう。そして、その「かわいそうな農家」が政府や東電を厳しく批判する姿を期待していたのだろう。

 久松さんが直面している難しさをここで痛感した。食の安全を重視するこうした聴衆は、無農薬で作っている久松農園の野菜をふだんなら喜んで食べる。だがその中には、ひとたび原発事故が起きれば、たとえデータで安全と証明されていても、買うのをやめる人が少なからずいる。

 久松さんは何も、原発事故のせいで健康に影響しかねない野菜を無理に食べて欲しいと言ったわけではない。だが、風評被害は科学的には安全性が担保された領域の中で起きる。久松さんはそれを、野菜の魅力を高めることで乗り越えたいと訴えたのだ。安全・安心が有機野菜の最大の価値だと考える危うさを、日ごろから指摘してきた久松さんならではの言葉でもある。

 今回のインタビューは、経営を取りまく環境の変化に対するシビアな分析が中心になっている。だがそれも、あいまいさを取り除いた先にしか展望は開けないという覚悟の裏返しだろう。久松さんはインタビューで、新しい経営のあり方をつかむまで「何年かかるかわからない」と話す一方、「ゴールは見えている」とも強調した。それがどんな形で実現するのかに注目したい。

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