ではニチレイというパートナーがいなくなったあと、テンアップファームはどうやって施設を運営するのか。最大の課題はコストの削減だ。まず稼働に人手のかかる選果機を入れ替える。当時は最新式だったが、いまはもっと安価で効率のいい機械が発売になっているからだ。テンアップファームと施設との間で人をやりくりし、仕事を平準化することで、人件費の削減も模索する。ようは、地場の中小企業らしい身軽な経営を目指すということだ。
苦闘から得た教訓の先へ
希望がないわけではない。テンアップファームと取引する農家はたしかに減った。だが、残った農家のなかに「このやり方はいい」と言ってくれる人が出てきたのだ。もともと「約束だから出すよ」と契約通り出荷してくれた農家たちだ。こういう農家が増えれば、施設の稼働率も高まるだろう。
念のために、契約を守らなかった農家の立場も説明しておきたい。もともと野菜農家の多くは、豊凶と相場の変動にさらされながら、値段のいいときに一気に稼ぐというやり方で家計を成り立たせてきた。かつては「ニンジン御殿」や「スイカ御殿」という言葉があった。
時代は変わった。海外からふんだんに野菜が入るようになり、値段には恒常的に下方圧力がかかるようになった。そこで売り手と買い手が利益を分け合う均衡点をさぐるため、契約栽培が必要になるのだが、農家の多くが古い発想から抜けきることができなかった。
最後にテンアップファームの経営陣の言葉を紹介しておこう。
「私どもは60年、地元の信頼のもとでやってきた。競合相手に『しょせん』という言葉を使われたくはない。『ニチレイという傘がなくなれば、そんなもんだよね』と。そうじゃない、これからも地元に根付いた農業の仕事を続けていきたい」
以上が、ニチレイが6次産業化事業から撤退するまでのてんまつだ。だから、企業がやる農業ビジネスはダメだと総括するつもりはない。農家が古い発想から抜け出る難しさを指摘して終わりにする気にもなれない。
いま各地で農業にかかわる人たちが、農業をふつうのビジネスへと生まれ変わらせるための、生みの苦しみを味わっている。華々しく宣伝されたプロジェクトの多くが、期待したほどの成果をあげずにもがいている。だがそうした苦闘から得た教訓の先にしか、明るい未来を開くこともできないと思うのだ。

『コメをやめる勇気』

兼業農家の急減、止まらない高齢化――。再生のために減反廃止、農協改革などの農政転換が図られているが、コメを前提としていては問題解決は不可能だ。新たな農業の生きる道を、日経ビジネスオンライン『ニッポン農業生き残りのヒント』著者が正面から問う。
日本経済新聞出版社刊 2015年1月16日発売
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