生産も販売も課題を抱えていた

 一方、ニチレイの側にも6次産業に乗り出す理由があった。消費者の国産志向の高まりだ。ニチレイはまさにその当事者だった。事業を決めたあとのことではあるが、2008年秋にはニチレイフーズが輸入した中国産の冷凍インゲンで中毒事件が発生し、国産野菜を確保する必要性を感じていた。施設の稼働後に取材すると、担当者は「日本の消費者は厳しい。中国から入ってこない時代が来るかもしれない。だからいま始める」と危機感を語っていた。

 難題を打破するため、貯蔵・加工の施設をつくることは決まった。では施設をどう使うか。キーワードは「契約」だった。農家との間で「いくらでどれだけ買うか」を契約し、売り先との間で「何をいくらで売るか」を契約する。施設はあくまでハードであり、ソフトである契約を軌道に乗せることが肝心だった。それに成功すれば、「相場の変動」から免れることができるはずだった。

「おれたちも食べていきたいんだ」

 結果から言えば、ことはシナリオ通りには運ばなかった。当事者は当初からその難しさを感じていた。施設が稼働した直後の2009年10月、農業法人、テンアップファームの責任者は次のように話していた。「農家ってバクチ好きというか、その年ごとに勝負したいって人が、いまもけっこういる」。

 事業をリセットすることが決まったいま、テンアップファーム側は問題の所在を率直に打ち明ける。「いまだに日本の農業の問題点だと思うが、やっているのはトーチャン、カーチャン。彼らには、だれに売るかを決める資本主義の権利がある」。分かりにくい表現だが、ようは農家が契約通りに野菜を出荷してくれなかったのだ。

 原因は天候不順にある。と書くと、収量が落ちたせいだと思うかもしれないが、ことはそう単純ではない。収量が減れば、値段が上がる。そこで、農家は値段があらかじめ決まっているベジポートではなく、高値で売れる先へと流れたのだ。テンアップファームが「そろそろ出荷してほしい」と頼むと、農家は「おれたちも食べていきたいんだ」と答えたという。

 農家にとって契約は「保険」のようなものだったのだ。相場が悪いとベジポートに出すが、そうでなければ「食べるため」と言って、出荷をしぶる。「相場の変動」から生産者を救うためにつくった施設を、高値の相場が追いつめた。