そもそも「1000万円の売り上げ」という計画はどこから出てきたのか。答えは、ふつうに畑でつくった野菜の数倍の値段で売れるという、なんの根拠もない甘いそろばん勘定にあった。月に数百万円の経費をカバーし、銀行に融資を返済し、しかも利益を出すにはこれだけの売り上げが必要という、計算の順序が本末転倒の経営計画だった。

視察団を拒めず、「見せるため」に栽培

 これほど見通しの甘い計画をコンサルティング会社がなぜつくり、それをそのまま提出した農家に、行政はなぜ補助金を出すことを決めたのか。立ち上げ当時の取材では、メンバーのひとりが「やるのかどうか早く決断してほしいとコンサルティング会社に求められた」と答えている。理由は「行政から支援を受けるための期限が迫っていた」からだ。復興の実績づくりを急ぐあまり、関係者が中身のチェックを怠ったのだろうか。

 これは、補助金に頼るずさんなビジネスの典型例と言っていいだろう。3億円近い資金がもらえたことで設備が過剰になり、稼働後のランニングコストがふくれあがった。そのため、じっくり栽培技術を高め、販路を広げる時間的な余裕は最初からなかった。しかも、建設費用の一部を借り入れに頼ったから、メンバーのひとりは多額の負債を負った。

 そんな実態を知らず、全国から毎日のように視察団が来た。見学者たちは最新の施設で育ったホウレンソウやミズナを見て喜んだだろうが、その一部にはじつは売り先がなかった。農家たちは経営の先行きに不安をつのらせていたにもかかわらず、「復興の象徴」を見に来る人を拒めず、「見せるため」につくっていたのだ。あまった野菜は施設の裏に捨て、シートをかぶせた。

 こんな状態だから、経営が行きづまるのにそう時間はかからなかった。2012年の暮れごろには早くも資金繰りが怪しくなり、メンバーから「もうダメだ。やめよう」という声があがった。1年後には従業員の給与や電気代を払うのが難しくなった。そして昨年1月についに力つきた。

 ここまでが、施設が破綻するまでの経緯だ。なんのノウハウもないのに計画に乗った農家の判断は間違いなく甘かった。だが同時に、これほどずさんな計画をつくったコンサルティング会社と、その計画に補助金を出すことを決めた行政の判断を疑わざるをえない。農家たちは施設を建てている最中にある金融機関に融資を頼んだが、「この生産計画では無理」と断られた。それがまっとうな判断だったのだ。