当時のメモをいまふり返ると、先行きを不安視する意見も出ていた。メンバーで唯一の専業農家の声だ。彼は運営会社を立ち上げる前、「ぜんぜん経験のない、研修も受けていない人間がやるもんじゃない。よっぽど経費を安くして、品質のいいものをつくらないと生き残れない」と反対したという。

美談にかき消されがちな現実

 「経費がかかりすぎる。お金で動かしているような施設だ」。彼がこのとき語った言葉は、どれも施設の課題を言い当てていた。栽培に使う水は雨水をためる仕組みになっていたが、この点については「1カ月雨が降らないこともある。問題だ」と心配していた。そして彼は「復興の美談」にかき消されがちな現実を語った。

 「だってね、世の中そんな甘くないですよ。この人たちは津波で被害を受けたから、野菜を高く買ってあげようなんて人、めったにいないですよ」

 この取材からほどなくして、3人は利益を出す見通しがまったく立たないことに気づいた。ここから先は、運営会社が破綻したあとに関係者に取材した内容だ。

 まず専業農家が指摘したように経費がかかりすぎた。電気代は冬場で1カ月に100万円以上。夏でも70万~80万円かかった。パート代などの人件費も含めると、経費は月に数百万円になった。

 水の問題も発生した。雨水を200トンあまりためる貯水タンクを設置していたが、雨が降らず、水が不足したのだ。足りない分は名取市から飲料水を買って補った。これも経費にのしかかった。

 販売計画も無謀なものだった。2年目以降は月に1000万円の売り上げをかせぐ計画だったが、到底実現できる数字ではなかった。実際の売り上げは経費を大きく下回ることがほとんどで、赤字が常態化した。