改装をきっかけに集まった客の多くは、リピーターにはならなかったのだろう。一般客の動向について聞くと、新保さんの口から出たのは、店舗改装のことではなく、「高齢化」の一言だった。

 「閉店の直前まで、近所で魚沼コシを買ってくれたのは、親御さんと息子夫婦が二世帯住宅で住んでいる家庭でした」。そのほかの多くの家庭は年をとると、コメを食べる量が少なくなり、コメを炊かず、スーパーやコンビニで弁当を買ってすますようになった。

 影響は、店の周囲の客にとどまらなかった、三島屋の主要なマーケットだった富裕層向けのカード会員も時代とともに高齢化した。その声が、三島屋にとどいた。「わたしども夫婦はもう年なので、ご飯を炊いて食べるのはそろそろ難しくなりました」「主人が亡くなったので、もうそんなに食べられません」。新保さんは「10年ぐらい前から、がたがたとお客さんが減っていった」と話す。

高齢化と系統種と業務需要と

 これとはべつに息子の健介さんは、魚沼産コシヒカリが飛び抜けた高級ブランドであるがゆえに負ったハンディを感じていた。「盆暮れだけ、贈答用で魚沼コシを買うのは恥ずかしい」「三島屋で魚沼コシ以外のコメを買うのは気が引ける」。バブル崩壊で消費者の懐事情は厳しくなった。そのあおりで、様々な理由をつけて魚沼コシから足が遠のいていった。

 つぎの言葉は、今だからこそいえる実感だろう。

 「率直な意見です。自分でほかのコメも食べてみて思うんですが、値段ほど、コシヒカリと味は違わないと消費者は思っているんじゃないでしょうか」

 背景には、コシヒカリが市場を席巻する過程で、日本中でコシヒカリを親株にした育種が進み、遺伝的に見ればコメのほとんどが系統種になったことがある。コメの食味ランキングを実施している日本穀物検定協会の担当者はこう語った。「まるでコシヒカリとコシヒカリを比べているようなものです」。

 一方、「魚沼コシ」という最強ブランドを持つ三島屋には、家庭以外にも重要な販路があった。業務用だ。コメの消費は家で炊いて食卓を囲む形から、レストランで食べ、コンビニやスーパーでお握りや弁当を買う形へと変わっていった。三島屋はこの新たなコメの販路の発展にコミットしてきたのだ。

 東京を中心とする外食チェーン、百貨店系の高級スーパー、大手の結婚式場――。実名はふせるが、どれもだれもが知る有名企業だ。業務用の販売が始まったのは、今から40年ほど前。「うちは最高の料理を出せる。だから最高のコメがほしい」。ある外食チェーンが新潟県経済農業協同組合連合会(現・JA全農にいがた)に相談すると、「それができるのは新宿の三島屋しかない」と紹介されたという。

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