「あそこは日本一というステータスはわかりやすい」と話す宮野義隆さん(金沢市才田町)

 ただし、つらい作業から逃げない姿が活路を開くのも就農では共通のエピソードだ。荒れ地を開墾する宮野さんに対し、当初は「あいつ、何やってんだ」「できるわけないよ」という声があった。だが、猛然と作業を続ける姿をみた近くのレンコン農家が「雑草の根っこばっかり掘ってても、生活できないだろう」と言い、レンコンの植わっている畑を0.5ヘクタール貸してくれた。

 近所の農家のこの厚意が、レンコン栽培を軌道に乗せるうえで画期的な意味をもった。開墾した1ヘクタールの農地でレンコンをつくるには、本来、レンコンのタネを200万円ほどで買う必要があった。だが、栽培中のレンコン畑を借りることができたおかげで、自家採種が可能になったのだ。

脱農協、有機栽培へ

 レンコン農家として面積を広げ始めた宮野さんにとって、次の転機となったのが、脱農協だ。いまから約3年前、農協へのレンコンの出荷をやめ、スーパーなど小売店への直売に切りかえた。農協出荷で生計が成り立たないわけではない。だが、需要に合わせて機動的に商品を変え、利益を増やすには直販しかないと考えた。「自問自答した結果、スピード感が大事だと思いました」という。

 商品力を高めるうえで力を発揮したのが有機栽培だ。農協出荷のときも、農薬や化学肥料を使う量は地域の平均より少なかったが、直販への切りかえと同時期に農薬と化学肥料を使うのをやめた。宮野さんいわく「うちらのレンコンを仕入れるバイヤーに武器を持ってもらうため」という。

 「うちの畑は生物の多様性が高いんです。ザリガニがいっぱいいる農場で育ったレンコンと、そうでないレンコンのどっちを食べたいですか。いつもお客さんにそう言っています」。顧客の反応は当然、「ザリガニがいるほうがいい」。こういうマーケティングの発想を身につけることで、たんなる生産者から経営者へと歩を進めることになる。

 しかも、単位面積当たりの収量はふつうに栽培しているほかの畑と比べて1~4割多い。もちろん、やみくもにやって成果が上がったわけではない。茨城や徳島、愛知、熊本などレンコンの主要な産地を訪ね、ベテランの生産者たちと交流した。「産地間競争ではなく、産地間連携の時代」という。そうしたなかで、土の構造を植物の生育に適したものにする技術を学び取った。