一面に広がるレンコン畑。いまが収穫の最盛期(金沢市才田町)

 最初は「二兎を追う作戦」だった。レンコンの収穫期間は8月から翌年の5月ごろまでと長いが、ピークは冬場なため、冬には手が空く稲作と両立できると考えていた。稲のもみ殻を堆肥として提供していたので、以前からレンコン農家と接点があり、「これって冬にできる仕事だな」と思っていた。

体が資本、手が決め手

 レンコンを選んだ理由はほかにもある。代かきから田植え、稲刈りまでほぼすべての作業を機械でできるコメと違い、レンコンはほとんど機械化されておらず、設備投資が少なくてすむのも魅力だった。稲穂が風にゆれるコメとは違い、レンコンは水底の泥のなかに沈んでおり、収穫は手の感覚が決め手になる。つまり、技術が必要になる。

 くり返しになるが、作業のピークは冬で、作業場は水の張った畑だ。雪の降る、凍える寒さのなかで収穫することも少なくない。「冷たくて、嫌がられる仕事。かなりグレードの高い3K(きつい、汚い、危険)。そのつらさがお金になると思いました」。宮野義隆さんは当時のことをそうふり返る。「体が資本」とはまさにこのことだろう。

 たまたま空いている1ヘクタールの「もとレンコン畑」があったので、日本政策金融公庫から資金を借りて買い取った。ただし、畑とは名ばかりで、ようは耕作放棄地だった。ヨシやガマなどの雑草が一面に生い茂り、トラクターを入れることができなかった。ひとつひとつ手作業で刈り取り、地中に繁茂した根を掘りおこして取り除いた。

 新規就農でよくあるケースだが、はじめの一歩は開墾から始まる。汗だくになって刈り取り、除去した雑草は2トントラックで100台分。体力には自信のある宮野さんだが、雑草と格闘した開墾作業については「相当きつかった。もう二度とやりたくない」と話す。