全3744文字

 「マニュアルに書くことはできない。日々の暮らしと経験の中で積み上げたもの。本当に素晴らしいし、そこに歴史を感じることもあります」

 これは、20数年にわたってエンジニアの仕事をした経験にもとづく結論でもある。「畑は工場と違い、これが最適と言える方法を絞り込むことが難しい。朝礼で予定を立てても、予定通りいけばラッキーというのが実感です。予期しないことが必ず起きます。起きなかった年など一度もない」。

 そこで、伊藤さんがたどり着いた答えは、人が育つ以外に方法はないということだ。いま伊藤さんの畑で作業しているのは妻と、20代の女性社員、それとパートだ。「雑草の取り方一つとっても、効率的と思うやり方は人によって違う。それを認めたうえで、どれが一番効率的かを自分で考えてもらうしかない」。任せることが、畑を回すためのはじめの一歩になる。

 最後に、今の農業への思いを聞いてみた。「農業のモデルを作ると意気込んで始めましたが、まだそれがどんなものか見つかってません」。それでも、「農業は天命」という思いは就農した当初にも増して強まったという。モデルとなるべき農業の姿を実現し、次代に託すのが伊藤さんの夢だ。

 「農業が好きか嫌いかと聞かれれば、もちろん好きなほうです。でも、好きだということがモチベーションになるとは思いません。農業は自分がやるべき仕事だという思いで、ここまでやってきたんです」

農業への思いが危機を突破する





情熱なくして未来は開けず

 2013年にスタートしたこの連載も今回で最終回です。 前回触れたように、日本の農業の未来は必ずしも楽観的な状況にはなく、事態を突破するための手がかりは多様性の中にしかないと思っています。ただし、様々な処方箋の底にある共通項は農業への思いであるべきでしょう。農業の特殊性を強調したいわけでなく、情熱なくして未来は開けないと考えるからです。

 食と農に関する取材は今後も続けていきます。伊藤さんのように強い言葉で思いを表現はできませんが、記者としてこれからも長く追求したいテーマだと思っています。それでは、引き続きよろしくお願いします!

砂上の飽食ニッポン、「三人に一人が餓死」の明日
三つのキーワードから読み解く「異端の農業再興論」

これは「誰かの課題」ではない。
今、日本に生きる「私たちの課題」だ。

【小泉進次郎】「負けて勝つ」農政改革の真相
【植物工場3.0】「赤字六割の悪夢」越え、大躍進へ
【異企業参入】「お試し」の苦い教訓と成功の要件

2018年9月25日 日経BP社刊
吉田忠則(著) 定価:本体1800円+税