だが、肥料をやらずに作ったコメは本当においしいのか。この問いに、「コメ本来の味。僕はおいしいと思う」と言いながら、こう続けた。

 「そこはもう、味ではないんです。有機農法より自然農法の方がストーリーがあるし、値段が高くても、それだけのことをやっていれば、全員とは言いませんが、納得してくれる人がいるんじゃないでしょうか」

高根の花だからこそ

 冒頭で、コメのプロが越後ファームを評価していることに触れたのは、この言葉にたどり着くためだ。もし、日本一予約の取れない高級和食店や日航の国際線のファーストクラスで採用されていることを知らなければ、近正氏の言葉は品質の裏づけのない刹那的なブランド戦略と響いたかもしれない。以上を踏まえたうえで、近正氏の次の言葉を紹介しよう。

 「安いもの作っても、ブランドにはならないんですよ。グッチもヴィトンもエルメスもたくさんの女性が好きじゃないですか。あれ、安かったら興味を持ちますか。高根の花だからこそ、ブランドになるんです」

 農業の世界には生粋の生産者とでも言うべき人たちがいる。近正氏も自分のことを「生産者」と強調するが、おそらく彼らの中には、あまりにも輪郭のはっきりした近正氏の戦略性に違和感を持つ人もいるだろう。

 もちろん、黙々と自然と向き合い、長い時間をかけて研ぎ澄ました技術は尊い。額のしわが技術の高さを証明しているような農家を、メディアがもてはやすことも少なくない。農業にそういうイメージを抱く人たちにとって、越後ファームの踏むステップの速さは異質のものと映るかも知れない。

 一方で近正氏は「有名なレストランでも、コメを大事にしているところは少ない」と強調する。ここにブランド戦略の核心がある。コメをまじめに作るのは当然。だが、そのコメを最高の状態で顧客に提供する店と組み、大切に炊き上げてくれる消費者をつかまなければ、本当においしいコメを提供したことにはならない。それが、三越であり「くろぎ」なのだ。

 今回はここまで。2013年にこの連載を始めて以降、現代の篤農から大規模経営、若者やシニアの新規就農、有機農業、市民農園、最新の農業テクノロジー、植物工場など農業に関連するテーマは次々に広がっていった。いずれも根底には、超高齢化社会へと突入する日本の変化がある。その大きなうねりにおいて行かれないよう、今年も取材を深めたいと思う。

新たな農の生きる道とは
コメをやめる勇気

兼業農家の急減、止まらない高齢化――。再生のために減反廃止、農協改革などの農政転換が図られているが、コメを前提としていては問題解決は不可能だ。新たな農業の生きる道を、日経ビジネスオンライン『ニッポン農業生き残りのヒント』著者が正面から問う。

日本経済新聞出版社刊 2015年1月16日発売