誤解4:日本企業にとってアフリカは遠い

 筆者は、1960年代に作られた、アフリカで事業を行っている日本企業のリストを見たことがある。業種も多様な、驚くほど多くの、いまは大企業となった日本企業が名前を連ねていた。そのリストを見る限り業種や製品は多様で、ODAビジネスに限定されることなく、電化製品などの消費財、製造業の原料、サービスに至るまで存在し、アフリカに工場を持っていた企業も今よりあった。

 当時の話を年配の方から伺うこともあるが、コンプライアンスも組織管理も不十分なままに、アフリカで貪欲に商売を作ろうとしていたその様子を聞くにつれ、当時はどの日本企業もまるでベンチャー企業のようだったのだと実感する。80年代、その勢いは続いたものの、ベンチャーのようだった企業も成熟した大企業となり、90年代にはアフリカ側の政情不安や日本側のODA予算の減額もあって、アフリカで事業を行う日本企業は激減した。

 日本は第二次世界大戦後、すべてを失い、多くの企業はゼロから事業を立ち上げていった。国内市場はいまほどの購買力と成熟度を持っておらず、自ずと外で稼がなければ生き残れなかった。独立後、新しく国と経済を再建中であったアフリカ諸国と、経済の発展段階が合っていたのだと思う。いま中国の製品がアフリカで売れているように、国内市場で販売しているものとアフリカで販売するものとの間にも大きな乖離はなかったのではないか。いまよりずっとアフリカと日本の心理的な距離が近かった頃があった。いまも昔もアフリカと日本の間の地理的な距離は変わらない。日本や日本企業の発展の段階や外部環境が、ビジネスにおける距離を遠ざけてきたのだ。