訪日需要が好調だ。日本政府観光局(JNTO)によると、2018年1月から6月までの訪日客は1590万人と、前年同期比で15.6%増を記録し、4月には過去最速で累計1000万人を突破した。近年は中国からのクルーズ船などもあるが、多くは空の便で日本を訪れている。
旺盛な訪日需要を背景に、航空会社や空港運営会社の業績も改善している。成田国際空港会社(NAA)の18年3月期純利益は前年同期比41.7%増の359億1800万円、関西国際空港と大阪国際空港(伊丹空港)を運営する関西エアポート(KAP)も同67%増の283億円と、大幅な増益となっている。
こうした中、近年相次いでいるのが空港民営化だ。先駆けとなったのは関空と伊丹。いずれも国が出資する空港会社の管轄下にある「会社管理空港」だったが、16年4月1日から純民間企業の関西エアポート(KAP)が運営している。これを皮切りに18年4月には神戸と高松の2空港も民営化を果たした。直後の5月には、19年4月の民営化を目指す福岡空港の運営権について、優先交渉権者が決まった。さらに新千歳空港を核とする北海道7空港の民営化についても、2019年7月をめどに運営会社を選定する。
筆者は当連載で以前、空港民営化の問題点を指摘した(記事はこちら)。当時、関空に就航する航空会社の関係者から聞こえてきたのは、民営化前なら「あうんの呼吸」で進んでいたプロモーションや空港の施設運営が思うように進まなくなっている、という悲痛な声だった。
あれから1年が過ぎた今も、残念ながら状況は好転していない。重ねて言うが、消費者にとってサービス向上につながるとされている「民営化」は、こと空港運営の手法としては、「万能薬」とは言い切れない側面があるのだ。9月4日の台風21号により滑走路の冠水など大きな被害を被った関空では、KAP経営陣が早期の暫定再開案を打ち出せなかった。現在は事実上、国主導での復旧作業が進んでいると言っても過言ではない。運営会社の業務と責任として、災害からの復旧も含まれるにもかかわらずだ。
関空を出発する再開初便となったピーチの新潟行きMM143便(写真:吉川 忠行、以下同様)
今年4月、民営化3年めに突入した関空と伊丹の運営実態と、台風21号の被害に対するKAP経営陣の不十分な初動対応から、改めてこのことを問いたい。
民営化後に生じた「公共性」への温度差
3空港の民営化は、国や自治体に所有権を残したまま運営権を売却する「コンセッション方式」で実施。KAPはオリックスと仏空港運営会社ヴァンシ・エアポートのコンソーシアムが設立したもので、株式はオリックスとヴァンシが40%ずつ同率で持ち、関西を拠点とする企業・金融機関30社が残り20%を保有している。
2017年度の旅客数が、国際線と国内線合わせて前年度比12%増の2880万2506人と、3年連続で過去最高を更新した関空。このうち国際線は14%増の2190万人と6年連続で前年度を上回り、開港以来の年度合計として、2000万人を初めて突破した。さらに外国人に絞ると、68.5%を占める2190万人。日本人が海外へ向かう空港というよりは、訪日客の玄関口としての存在感が増している。これは同時に、訪日客を増やしていきたい政府にとって、関空が戦略的に重要な位置にあることも意味している。
こうしたデータから見ると関空の民営化は、確かに「成功」の部類に入るかもしれない。だが筆者が昨年指摘したような関空の問題点が、改善されたとの声は国内や海外いずれの航空会社からも聞こえてこない。
むしろテナント企業などからは、放置しておけば関空のプレゼンス低下につながりかねない話ばかりが耳に入ってくる。例えば以前から航空会社などが懸念していた、空港地下に集中する重要施設の冠水対策は、民営化後も後回しになっている。あるテナント企業に対しては、関空にとどまる必然性が薄れるほどの法外な値上げ提案がなされたという。
後述する伊丹のターミナル改修でも、民営化前に計画されていたプランと比べ、空港が利用者から求められる利便性を重視するよりも、商業施設としてのにぎわい創出に舵が切られた。関空の第1ターミナル改修に至っては、今年3月としていた計画概要の発表すら到達できていない。
航空会社や自治体などからも関空に対する様々な意見を集約していくと一つの問題が見えてくる。それは、営利企業とは対極にある「公共性」という概念の欠如だ。KAPの経営陣からも「公共性」という言葉は出てくるが、どうやら航空会社や自治体の考えるものとはかけ離れているようだ。
昨年末、KAPの山谷佳之社長に「訪日需要が大きく落ち込んだ際、どのように対処するか」と尋ねたことがある。山谷社長は「短期的な落ち込みは怖くないが、長引くと問題だ。コンセッション(運営権の民間への売却)も継続できないだろう。国にお返ししなければならなくなる。国もコンセッションを解除するだろう」と応じた。
こうした言葉から見え隠れするKAPの経営姿勢に、違和感を感じる関係者は少なくない。複数の航空会社の幹部が異口同音にこう指摘する。「何かあったら国に運営権を返すような気構えでは、安心して就航し続けることができない」。
別の幹部も「山谷社長は“民間の知恵”と、ことあるごとに言っているが、出てくるのは商業施設の話ばかり。ターミナルも不動産投資のような改修の話にとどまり、将来像が見えてこない」と、飛行機が乗り入れられるショッピングモールのようになりつつある関空と伊丹の現状に危機感を抱く。
新路線の誘致など関空が民営化した後も進むプロジェクトの多くは、国が出資する新関西国際空港会社の時代にスタートしたものだ。そして、現場を支えているのは、民営化前から閑古鳥が鳴く関空不遇の時代を支えてきた社員たちだ。
空港が所在する自治体の幹部から聞いた、この話が印象的だった。「自治体は逃げられないんですよ。空港から航空会社が撤退してしまったら、都市としてのプレゼンスが下がってしまい、一度下がったものを戻すのは非常に難しく、さまざまな問題に飛び火する。だから支え続けなければならない。空港民営化の動きを見ていると、運営会社にその覚悟があるのか」
航空会社も、地震などの天災に見舞われても、運航を維持しなければならないなど、社会から常に高い公共性が求められている。そうした企業や自治体の立場では、「経営難に陥れば将来の運営撤退を視野に入れるような企業と、よいパートナーシップを築くのは難しい」と考えるのは自然なことだろう。
暫定運用が始まった関空第1ターミナル国際線南側エリア
そして今回の台風21号による被害では、KAP経営陣は有効な早期復旧策を打ち出せなかった。運営権を売却したはずの国がしびれを切らし、復旧計画の大枠を裏で描く形になってしまった。国土交通省が職員5人を派遣して以降、「復旧作業が加速し、計画全体を見通せるようになった」(航空会社幹部)という。
利便性よりブランディングを優先
大阪万博開幕を控えた1969年に開業し、現在は2020年の全面刷新を目指して改修工事が進む伊丹空港。今年4月18日に、ターミナル中央エリアがリニューアルオープンした。これまで南北に分かれていた到着口を中央1カ所に集約し、商業エリアには世界初となる空港内ワイン醸造所を併設したレストランや、関西の有名店などが出店した。
民営化というと、こうした商業施設のリニューアルや、LCC(低コスト航空会社)の誘致が目玉となる。運営事業者を選定するコンペに提案される書類でも、ターミナル改修は提案事項の上位に据えられることが多い。
しかし、空港の本来の役目は、言うまでもなく発着便の玄関口であることだ。地域の名店を揃えることも大事だが、空港に到着した乗客が迷わずに空港から都心部へ出たり、都心部から空港までスムーズに到着したりできるかどうかも、空港としての重要な資質と言える。
筆者がかねて多用する伊丹で最近、そのことを痛感させられる出来事が増えている。リニューアル前より不便になったと感じるのだ。
例えば空港から梅田行きのリムジンバスに乗ろうとした際、到着口が中央に集約されたことで、左右にある階段のどちらを降りれば梅田行き乗り場に近いのかが、直感的に分かりにくくなった。
確かに、到着口を出てバス乗り場へ向かうまでに案内表示の看板などがないわけではないが、商業施設ばかりが目に付き、相対的に目立たなくなってしまった。ターミナル改修の経緯を知る関係者は、「当初の改修案では、バスなど二次交通について、到着口周辺でわかりやすく案内する計画だった。民営化後、商業施設があふれかえる計画になってしまった」と打ち明ける。
そして、大阪の梅田駅などから空港へ向かうリムジンバスの乗り場についても、利便性に関わる変化があった。関空と伊丹のどちらへ向かうかに関わらず、バスの案内表示などが同じデザインや色調で統一されたのだ。
民営化前、バスの案内表示は行き先によって「水色の関空、黄緑色の伊丹」とはっきり色分けされていた。このため「伊丹に行くには黄緑色」と一目で分かるようになっていた。バス乗り場ではわかりやすく、どちらの空港に行くか迷う外国人旅行者にも、色で説明することもできたのだが。
確かに、各空港を示す文字のデザインや色などを統一することでブランドを高めたい、というKAPの方針も理解できる。しかし、空港という通過点を利用する人にとっては、直感的に分かりやすいことの方がより重要なはずだ。バスの誤乗を色分けによって防ぐといった気配りは、地味ながらも効果が期待できるものだ。
たかがデザイン、されどデザイン。利用者に寄り添うような工夫を積み重ねていかなければ、空港のブランドを地層のように築き上げることは難しいのではないだろうか。
ノウハウある割に外部コンサル起用
こうした変化は、働く社員のモチベーションにも影を落としている。今年で3年目に入ったKAPは、夏にボーナスが初めて支給された。これを機に、KAPを離れるという声が社員から漏れ伝わってきており、航空会社や関係企業は「ノウハウを持った人材が流出してしまうのではないか」(航空会社幹部)と危惧する。
KAPの関係者によると、民営化後は毎月2~3人程度は退職しているといい、ボーナス支給を契機にこの気運が高まっているという。これに対し、KAPは外部のコンサルタントを起用し、社員満足度の向上に取り組んでいるというが、前述の航空会社幹部は「空港運営のノウハウがあるという割に、外部コンサルばかり使っているのでは、ノウハウを持っていないのと同じではないか」と、首をかしげる。この幹部によると、外部コンサルを起用しているのは、空港運営という本業にかかわることも含まれるという。
関空第1ターミナルから出発する国際線出発初便のANAの上海行きNH973便
前述の自治体幹部は「空港会社だけでなく、電力会社などインフラ系企業で働く若手を見ていると、自治体に近い公共性に対する覚悟を感じる。それが良い方向に働くことばかりではないかもしれないが、あまりにも民間企業然とした考え方は、受け入れ難いのではないか」と、退職者たちの気持ちをおもんばかる。
かつて取材した国交省の幹部は「役人の発想の限界を打破して欲しい」と、空港民営化に期待を寄せていた。筆者も同様で、民営化そのものを否定する気はなく、仙台空港のように地の利のなさに苦しみながらも、地元と活性化の道筋を模索する動きも見てきた。
ただ、空港民営化に対する問題意識は世界の航空関連業界に広がりつつある。
「われわれの調査では、民営化された各国の空港で、効率性や投資水準が向上していないことがわかった。民営化に、すべての答えがあると仮定するのは間違いだ」。6月上旬、オーストラリア最大の都市、シドニー。世界的な航空業界団体「IATA(国際航空運送協会)」の年次総会で、アレクサンドル・ド・ジュニアック事務局長兼CEO(最高経営責任者)はこう発言した。各国政府が不十分な検討で空港民営化を進めた場合、長期的に空港の社会的な便益が損なわれる可能性があると、警鐘を鳴らしたのだ。
翻って日本。空港を擁する自治体の首長から聞こえてくるのは「我も我も」という民営化の話ばかりだ。ただ、民営化で先行した関空や伊丹の例からは、空港運営において営利追及と公共性確保のバランスを取ることの難しさが浮かび上がってくる。航空会社や自治体など周囲から利益第一主義に見えてしまうKAPの経営姿勢について、十分な検証と関係者による本質的な議論が必要な段階にきているのではないだろうか。
そして、空港の運営権者を選定する際、公共財を扱う経営者の資質を厳しく見る必要がある。
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