「儲かるプロジェクト」だった777

 日本の航空機産業にとって、777という機体はどのようなものだったのだろうか。

 機体の製造に目を向けると、767の日本の分担比率は15%だったが、777では21%まで向上した。後継機の777Xも同じ割合を分担する。777の就航から今日までの20年は、日本の航空機製造業界にとってもノウハウの蓄積が進んだ20年でもあった。

 ノウハウだけではない。「777は儲かるプロジェクトだった」と、ある重工メーカーの幹部は述懐する。為替レートも関係しているが、777の一次下請けとなる日本の重工各社にとって、モノ作りと同時に投資の原資を得られるものだったといえる。

 これが、787では主翼も含む35%にまで分担比率が上昇したが、「エアバスとの競争で、ボーイングの値下げ要求が厳しい」「円高の時は作れば作るほど赤字だった」と、重工メーカーやサプライヤーの幹部からは、芳しい声が聞こえてこない。

 777Xも、エアバスのA350としのぎを削る以上、現行の777ほどは日本企業にとっておいしい話ではないようだ。一方、「現行の777と同じ分担比率を維持できた」(重工幹部)と安堵する声も聞かれた。

 良いモノ作りに携わり、しっかりと儲けてその利益をヒトとモノに投資し、ノウハウが蓄積されていく。777は日本の航空機産業にとって、よき時代のプロジェクトだったことは間違いないはずだ。おおらかな時の流れの中で作られた最後の旅客機と言っても過言ではない。

 国内重工各社が抱えるボーイング向け新造機のビジネスのうち、主力はコストダウンの要求が厳しい787だ。これに777Xが加わったが、787と同じ競争環境に加え、かつてほどの受注が期待できない。これまでボーイングの背中を追うことで発展してきた日本の航空機産業だが、ついに次の一歩を踏み出す時期を迎えたということなのだろう。

 777という飛行機は、日本の空の大動脈を支えてきただけではなく、航空機産業の育成に果たした役割が大きい。20年7カ月飛んだ日本最初の777が退役した今、日本の航空業界には新たな成功モデルを目指す時が訪れている。