ピーチの歴史は2008年から始まった

 今回のピーチの子会社化によって、ANAHDは傘下に2つのLCCを持つことになる。まずはここで改めて、2社の生い立ちを整理しよう。

 まず、ピーチの歴史が始まったのは、9年前の2008年1月までさかのぼる。当時、ANAの北京支店で総務ディレクターだったピーチの井上慎一CEO(最高経営責任者)が、ANAの山元峯生社長(当時、故人)から呼び出されたところから始まる。

 「やまげん」の愛称で航空関係者から親しまれた山元氏は、「これから大きく海外マーケットを取り込むビジネスモデルを作り、3年以内にLCCを就航せよ」と井上CEOに命じる。まだ「インバウンド(訪日)」という言葉が世を賑わす前に、山元氏はLCCを中心とした、ANA本体では実現が難しいビジネスモデルの研究を井上CEOに託した。

 「日本人の知見だけではダメだと過去の駐在経験で分かっていた」と井上CEOは判断。香港の投資ファンドに出資を仰いだ。そして2011年2月に「A&F Aviation株式会社」が設立され、この年の5月にはブランド名の「ピーチ」が発表された。深い赤とピンクの中間色「フーシア」を基調としたロゴと機体デザインがお披露目され、社名も「Peach Aviation株式会社」に改められた。

 初便が就航したのは、会社設立から約1年後の2012年3月1日。関西〜札幌線と福岡線の2路線を同時開設し、3機のエアバスA320型機(1クラス180席)でスタートした(ピーチの初便就航の様子はこちら「『空飛ぶ電車』ピーチに乗ってきた(前編)」、「『空飛ぶ電車』ピーチに乗ってきた(後編)」)。

 拠点に据えた関西国際空港は当時、24時間運用ながらも閑古鳥が鳴いていた。しかし今では、関空を発着する定期旅客便の数は、国内線と国際線ともにピーチが最多となっている。関空の利用者数を見ても、2011年度は1385万7000人だったのが、2015年度には2405万4000人と1.7倍以上に増加している。ピーチの就航によって関空は活性化していったのだ。

 現在の路線数は、国内線14路線と国際線13路線の計27路線。これらを18機のA320で運航している。今年2月19日には、往路のフライト時間が約5時間で、同社最長路線となる那覇〜バンコク線を1日1往復で開設し、東南アジアにも進出した。

 ピーチは現在、関空のほか、那覇空港にも拠点を設け、機体を夜間駐機している。さらにこの夏には仙台空港を第3の拠点として、2018年度に新千歳空港を第4の拠点とする計画だ。新千歳は中国や台湾などへの国際線や北海道外からの国内線に加え、北海道内を結ぶ地域間路線の開設を目指す。

 機材面では、2016年11月18日にA320の改良型で新型エンジンを採用したA320neoを10機発注。従来型のA320も3機追加発注した。A320neoは2019年4〜6月期に初号機を受領し、既存機の置き換えを進める。

 追加発注した3機のA320は2018年度内に全機受領し、新千歳の拠点化と共に路線を拡大していく。機材数は2020年までに30機以上を計画。将来的には100機体制とし、アジアで路線網を拡大していく。

次ページ バニラエアの前身はセクシー系LCC