東京の郊外、町田市で“稼ぐ町の電器店”として知られる「でんかのヤマグチ」。山口勉社長は、20年ほど前に「脱・値引き営業」を始めたのに併せて掛売りの「撲滅」に動いた。集金にかかる手間とコストから社員を解放し、営業に集中してもらうようにするためだ。時間はかかったが掛売りは激減し、現在、10%未満になった。今回はその経緯を紹介する。
10%未満━━。
月によって多少の上下があるものの、ヤマグチの売り上げに占める掛売りの割合です。この中には業務用の電気製品も含まれているので、それを除いた個人のお客さんに対する掛売りはほぼゼロです。皆さんの会社で掛売りの割合はどのくらいでしょうか。
実は20年ほど前、私が安売りと決別し、脱・値引き営業を始めようとした当初、ヤマグチは個人のお客さんに対する掛売りが常態化していました。しかし、モノを売る側にとって掛売りはデメリットばかりです。
まず何といっても入金が遅くなること。せっかく高額な家電が売れても、ヤマグチにお金が入るのが何カ月も先になる。それが日常茶飯事だったのです。
例えば、こんな具合です。7月末にお客さんが洗濯機を買ってくれたとしましょう。すると奥さんから「ヤマグチさん、今月家計のやり繰りが苦しいから、支払いは8月の給料日をすぎてからでもいい?」と頼まれます。うちの社員は買ってもらったことがうれしいので、「もちろん大丈夫です」とつい答えてしまいます。
20年ほど前、ヤマグチは売掛金の回収に悩まされていた
売って1カ月後に値引きされる悲劇
そして1カ月後、その社員が集金にお客さんの家に出向きます。すると、今度は奥さんが申し訳なさそうな顔をして「今朝、仕事に行くとき、主人が『今月も新しいテレビを買うつもりだから、その代わりに先月買った洗濯機の端数を値引きしてくれるようにヤマグチさんに頼んでくれ』と言われたの」と話すのです。売約キャンセルよりはましなので、社員は仕方なく要求に応じてしまっていました。
いかに無駄が多いか、もう分かりますよね。入金が1カ月遅れた上、値引きまでされる。その都度領収書を作り直して収入印紙を貼り直す。収入印紙1枚は安いと思うかもしれませんが、何度も、そして何人も同じようなことがあれば相当なコストになります。
しかも、集金のために営業拠点とお客さんの家を何度も行き来するので、社員の手間と時間までかかる。意識の面でもやっかいで、社員としてはどこかで「いずれにせよ売れているから大丈夫だろう」という思いがあって集金に身が入らない。実際は、集金してはじめて売り上げになるんですが、なかなかそうなりません。もちろん、集金の間、ほかの人の家を訪れてモノを売ることもできません。
先ほどの例だけならまだいいのですが、時には「ヤマグチさんごめんね。今月も苦しいから支払いを9月の給料日まで延ばせないかしら」と言われて、承諾してしまうケースさえありました。これではいつ入金されるかわかりませんよね。ひどい場合には月末に未回収の売掛金が2000万円ということもありました。売約、納品、代金回収。この3つがそろって、初めて「本当の売上高」になることを痛感しました。
「社員や会社にとって掛売りにプラスはない。覚悟を持って減らす努力をすべき」と語る山口社長
カード会員増にかじを切る
「これから安売りと決別しようというときに、掛売りを撲滅しなければ、いつまでたっても収益性は高まらない。社員も営業に集中できない」。こう危機感を持った私は、知恵を絞ることにしました。クレジットカードをフル活用することにしたのです。
当時、ちょうどパナソニックグループのカード会社が加入者を増やすキャンペーンを実施していました。そこで、これに「便乗」する形でカード会員を増やすことにしたのです。カード会員になればヤマグチ独自の特典が得られるようにしました。具体的には、当日の16時までに連絡してもらえれば買った家電を即日配送。故障の場合も同じく原則即日対応などを始めたのです。
カード会員になってもらえば、社員は「集金地獄」から解放されます。しかも、カードをつくるには審査があるので、支払い能力があるお客さんとそうでないお客さんを区別することができます。要するに、支払い能力のないお客さんを「捨てる」ことにしたのです。
カード会員を増やした効果はてきめんでした。社員が集金地獄から徐々に解放され、通常の営業活動に専念できるようになったのです。与信管理や集金はカード会社が実施してくれますから、未回収の売掛金がみるみる減り、資金繰りが大幅に改善しました。
こうした経験から、ヤマグチでは今でもカード会員の推移を毎日チェックしています。「販売別売上リスト」(下の画像参照)という一覧表を作成し、クレジットカード払い、現金振り込み、掛売りの推移を確認しているのです。経験則から、カード払いが60%以上であれば「異常なし」なので、合格の意味で「日の丸」を書き込んで、社員にも回覧します。反対に60%未満の場合は、×印をつけてカード払いのお客さんからの注文を増やすように奮起を促しています。
ヤマグチで毎日作成している「販売別売上リスト」。カード払いの比率が60%以上なら合格で日の丸を書き込む
カード会員を増やしたら旅行のご褒美
さらに、毎年5月~7月には、カード会員を獲得する、通称「ゴーナナ」というキャンペーンを実施し、今でもカード払いのお客さんを増やす努力を続けています。獲得会員数の目標を決めて全社員でチャレンジし、目標を達成したら、みんなで旅行するのが恒例です。今年は目標を上回ったので、函館旅行が決まりました。
もちろん、掛売りの撲滅は一朝一夕にはいきません。現在のように掛売りの比率が10%未満になるまでには5年くらいかかりました。それでも、長い目で見て社員にとって、会社にとってプラスになるのであれば、トップは覚悟を決めて取り組むべきだと思います。
(構成:久保俊介、編集:日経トップリーダー)
値引きしないで稼げる売り方を伝授
日経BP社は、山口勉社長の著書『「脱・値引き」営業』を発刊しました。周囲を大手家電量販店に囲まれたり、店の移転を余儀なくされたりしながら、なぜ20年連続黒字を達成できたのか。値引きせずに顧客の心をつかんで商品を売るコツについて、具体的なエピソードを豊富に盛り込んで解説しています。ぜひご活用ください。詳しくはこちらから。
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