監査の現場は「アリバイ作りの積み重ね」のよう

東洋経済で佐藤理事長は、「(東芝の)有価証券報告書の提出が遅れた原因は監査法人側にあると思っている」と断定していました。

八田:当然、東芝側にも問題がありました。監査委員長である社外取締役の佐藤良二さんが、監査意見を出さないPwCあらたを解任して他に変えるという趣旨の発言をした。あらたはこれを受けて監査作業をストップ、結果的に1カ月も時間をロスしたと聞いている。

何か方法はありましたか。

八田:対立していた最大の要因は佐藤理事長も明かしているように、米国の原子力事業の巨額損失の計上時期についてでした。監査法人と東芝の主張が折り合わなかった。こういう場合には、その部分について他の監査法人から「セカンド・オピニオン」を取れば良かった。医療で患者が納得できなければセカンド・オピニオンを取るのは今や常識でしょう。

 実は日本公認会計士協会の倫理規則でも「セカンド・オピニオン」は認められています。社外取締役に2人も会計士がいたにもかかわらず、最新の監査動向について十分な理解がなされていなかったのではないでしょうか。

佐藤理事長にここまで、説明責任を果たせと言われているのですから、PwCあらたは反論すべきだと思いますが、まったくしませんね。幹部に聞いたところ、「手記に対して思うところはたくさんあります。しかし、監査法人は守秘義務を守ることが大前提になっている職業であり、少しであっても守秘義務を解除して発言をするということはその一線を越え自己破壊につながります」という理由で、取材を断られました。

八田:PwCあらたは東芝の内部統制について「不適正」としました。きちんと監査できる体制にないと言っているわけで、倫理規則的にも、適切な財務諸表監査を履行しえないということで、その段階で「辞任」すべきです。ところが、その後も監査を続けています。

収入源である高額の監査報酬を切れないのでしょうか。東芝側からは、監査意見を出さないのは、時間を稼いで監査報酬を吊り上げているのだ、という批判がメディアに流されていました。ところで、佐藤氏の手記では、ある意味、監査制度が否定されているのに、会計士は何も反論しないのでしょうか。

八田:日本公認会計士協会も、論駁できるのかどうか。通り一遍ではダメですね。自主規制団体として自助努力で支えていく気概を持てないならば、公務員による監査の方がいいという人が世の中にいるのも分かる気がします。しかし、世界では決算書や経営の正しさを証明する業務を民間の制度として行う監査制度がスタンダードです。日本だけお上が保証する仕組みにしたら、世界から見放されますね。

監査制度や監査法人が信頼を得るためには、監査の質、会計士の質を高めることが重要だと思います。会計士教育に携わる立場としていかがですか。

八田:残念ながら、近年、会計・監査の世界に優秀な人材が来なくなっています。また、会計士のうち監査業務に携わる人がついに半分以下になり、監査業務に人材が行かなくなっている。

 要因の一つは仕事がつまらないことです。企業に行って会議室に閉じこもってパソコンで数字だけを見ている、監査の現場はアリバイ作りの積み重ねのようになった。ですから、コミュニケーション能力に欠けた会計士が増えて、経営者とまともに議論ができないといわれています。

 今般の佐藤理事長の批判を真正面から受け止めて反論できないところに、今の会計士の弱体ぶりが現れているのかもしれません。まさに、監査の危機ですね。

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