監査法人は本来、経営者の味方だ

民間が行う監査では信用できないから、公的な機関が関与すべきだという「監査公営論」が霞が関や永田町には根強くあります。

八田:今年の夏頃の新聞に、ある監査法人の外部委員が会計士の公務員化を主張するインタビューが出ていて驚きました。クライアントである企業から監査報酬を得ている以上、どうしても企業に甘くなる、だから公的な立場のものが関与すべきだ、というわけです。

 佐藤理事長は週刊『東洋経済』(2017年12月2日号)のインタビューでも「メディアも監査意見が神聖不可侵であるかのように扱わないでほしい」と発言しています。もはや、確信的な信念に基づく、現行の監査制度への挑戦ではないでしょうか。

行政による規制強化を目論んでいるのでしょうか。監査公営論が出てくる背景には、監査制度が日本社会できちんと理解されていないことがあると思います。

八田:監査は、経営者が自分自身のアカウンタビリティを果たした証を、客観的なエビデンスとして残すための仕組みです。経営者は株主や投資家などのステークホルダーから不信感を持たれたらやっていけないので、一点の曇りもないことを第三者に証明してもらう必要がある。それが監査法人が出す「無限定適正」意見です。

 これによって経営者は説明責任から解放されるわけです。監査人を敵のように思っている経営者がいますが、そうではありません。本来、自らの適正性を担保してくれる味方なのです。

東芝を上場廃止にしなかったことについて、東芝は改善して正しいことをやっている。限定付き意見を出したり、内部統制に不適正意見を出す監査法人がおかしい、と言っているわけです。

八田:決算書について監査法人は限定付き意見を出しましたが、これは「直せといったのに企業が直さない」というものです。では直せといったものの影響額がいくらなのか。昨年末に発覚した原子力事業の巨額損失の相当額ということだが、仮に数千億円という金額なら、本来は不適正しか出せないはずです。微々たる金額だということなのでしょうか。

佐藤理事長は文藝春秋で、東芝の監査をしてきたPwCあらた監査法人を痛烈に批判しています。手記では「ここで私が問題視するのは、有報・四半報や内部統制報告書に付した意見について、監査法人の側から明快かつ十分な説明がないことです」と書いている。しかし、監査法人には守秘義務が課されています。

八田:PwCあらた監査法人の対応が後手に回っていたのは残念ながら事実のようです。つまり、結果だけをみれば、大山鳴動して鼠一匹すら出なかったという形になった。だからと言って、監査法人が説明責任を果たせ、という理屈はおかしい。というよりも、現行の制度ではそうした仕組みにはなっていません。

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