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税収はバブル期のピークを超える

 こうした大盤振る舞い予算を可能にしたのは景気の好転で税収見込み額が増えていること。税収は2018年度より3兆4160億円多い62兆4950億円と見込む。10月からの消費増税で半年分が増収になる効果も大きい。税収はバブル期ピークの1990年度に記録した60.1兆円を上回ることになる。

 そう、税収はバブル期のピークを超えるのである。

 それにもかかわらず、国債費などを除いた単年度の政策経費すら賄うことができない、というのだ。長引くデフレで物価も下がった上、国のサービスを受ける日本の人口自体も2008年をピークに減少に転じている。予算案でのPBは9.2兆円の赤字。前年度の10.4兆円の赤字からは減少するものの、単年度赤字を垂れ流し続ける。大盤振る舞いの予算に歯止めをかけない限り、国の財政は立ち直らない。PBが黒字になっても、国債の利払いや元本償還があるので、財政黒字になるわけではない。

 消費増税の必要性を訴える際に、決まって財務省が持ち出してきた「国の借金」も増え続けている。国債と借入金、政府短期証券の合計額は2018年9月末で1091兆円。初めて1000兆円を突破した2013年から5年で1割近く増えたことになる。

 税収が過去最高になるのに財政赤字が続き、借金が増え続けるのはなぜだろうか。政治も官僚も、赤字を減らし、借金を減らすことに「何のインセンティブ」も働かないからである。官僚の権力の源泉は予算を配分すること。その歳出規模が大きくなる方が、権限が増えるわけである。役所の中では予算を取ってこれる課長が尊敬される。予算が取れなければ、いずれ人も減らされ、その部署は消滅の危機に直面する。つまり、官僚は誰も不要な事業であってもそれを減らそうとは考えないのだ。

 政治家も同じである。与党の政治家にとっても予算規模が大きくなればなるほど、自らがその利益分配の恩恵にあずかれることが多くなる。地元への公共事業の誘致などが典型だ。緊縮予算になれば、地元に落ちる国のお金が減るわけで、下手をすれば選挙で負ける。つまり、政治家にとっても歳出削減は何のメリットもないのである。

 国家財政を健全化するのを使命だと考えている官僚もいる。主に財務省の官僚たちだ。官僚の中の官僚と言われてきたのは、各省庁への予算配分権を握っているからではない。国家のことを考えるのは官僚多しと言えど財務官僚しかいない、という一種の尊敬に裏打ちされてきた。そうした気概を持った財務官僚も昔は多くいたものだ。

 「安倍内閣になって官邸は財務省の言うことを聞かなくなった」と嘆く財務官僚もいる。確かに、今の安倍官邸は経産省出身者の首相秘書官や経産省からの出向官僚が牛耳っている。だが、安倍首相が財務省の言うことを聞かなくなったのは、2014年の消費増税が大きな端緒になった。

 当時、アベノミクスへの期待から、一気に景気が回復する気配を見せていた。2014年の4月から消費税率を5%から8%に引き上げたが、その経済へのインパクトを財務省は読み間違えた。消費への影響が出ても早晩、それは収束すると当時の財務省幹部は安倍首相に説明したのだ。だが結果は大外れ、消費の低迷はそれ以降、長く続いた。財務省は「増税」をしたいばかりに、その負の影響をあえて軽視したのである。