香川と清武の数値比較に見る日本代表の不安
原口・大迫の台頭も、データから透ける攻守バランスの課題
11月15日のW杯アジア最終予選のサウジアラビア戦では、清武がPKで先制点を挙げた(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)
W杯アジア最終予選グループBも各国と一通り対戦し全日程の半分(5試合)を消化した。先月(11月15日)、ホームにサウジアラビアを迎えての一戦で勝利を収めた日本代表は、W杯出場権獲得を意味するグループ2位で何とか折り返すことができた。
ただし、勝ち点1の差の中で上位4チームがひしめき合っている現状を考えると、残りの後半戦はまさに負ければ終わりのデスマッチがひかえていると言えるだろう。特に苦手とする中東アウェイでの試合を残している日本代表にとっては、これまで以上に苦しい戦いが予想される。
この戦いを勝ち抜くためには、他チームを分析すると同様に、日本代表のこれまでのグループBでの戦いについて検証する必要がある。本稿では、直近のサウジアラビア戦に加えてこれまでのデータを振り返ることで、後半戦に向けての期待感と、併せて抱く危機感の根拠をお伝えしたい。
最終予選後半で改善した中盤でのボール奪取率
下の表には、最終予選グループBの折り返し時点での日本代表の試合別データを示した。初戦はUAEに対して最多27本のシュートを記録したものの枠内率では30%に満たない最低の数値となり、結果としてホームで敗れた。いきなり厳しい結果を突きつけられ、不安と危機感が漂った。
その後、メンバーを徐々に入れ替え、直近のサウジアラビア戦では、試合勘に不安のある本田、香川、岡崎をベンチに置くという大鉈を振るうことになった。その影響もあってか、表中に赤字で示したように、新たに機会を得た選手たちはピッチ上で相手に厳しいプレッシャーを与え、アタッキングサード(A3rd:フィールドを3分割したゾーンのうち、相手ゴール側のゾーン)及びミドルサード(M3rd:フィールドを3分割したゾーンのうち、真ん中のゾーン)でボールを奪った回数及び割合で最も高い数値を残した。
特にサウジアラビア戦前半ではM3rdで奪った割合が67%と非常に高い数値を示した。中盤で奪ってからの早い攻撃への転換は、最終予選の後半でも是非とも機能させたいところだろう。一方で、次の試合まで期間が空くことで、せっかく体感したものがリセットされないか心配な部分もある。
所属クラブで残した結果が代表戦にも影響
次に下の表で出場状況を見てみよう。第2戦(タイ戦)から、それまで起用されていたボランチの位置ではなく本来の左サイドFWとして起用され連続ゴールを記録した原口は、最高の結果でポジションを勝ち取り、固定化されつつあった攻撃の布陣に大きなインパクトを与えた。
最終予選後半でも活躍を期待したい一方で、対戦国にもマークされる存在となったことで、より一層厳しいプレッシングも予想される。引き続き良い結果を残すことができるよう期待しながら注目しておきたい。
そして、もう一人、ここに来てワントップを任された大迫にも注目したい。サウジアラビア戦でこそゴールはなかったが、直前の親善試合(オマーン戦)で起用されるとゴールを含めて際立った存在感を残すことに成功し、最終予選後半でもワントップに定着しそうだ。
この2選手以外にも、特に欧州の所属クラブでのポジション争いを勝ち抜き、試合を通して成長することが、代表の強化に必要不可欠だろう。新しいメンバーの台頭はもちろん、本田、香川、岡崎のビック3の復活にも期待したい。
「守備に追われる香川」が示す攻守バランス
下の表は、今回の最終予選前半のタックル数とブロック数に関するデータを示したものだ。出場時間や対戦相手に差はあるものの、ボランチでその役割を期待されて起用されている山口のタックル数は傑出していた。さらにイラク戦では途中起用ながら試合終了間際に劇的な勝ち越しゴールをあげ、攻守でハードワークする選手として存在をアピールした。
所属クラブもJ1への昇格を決め、充実した状況がうかがえる。最終予選後半も期待して良いだろう。また、前述した原口も攻守でのハードワークを評価できる選手だ。
一方で、気になるのはトップ下の香川の数値が思っている以上に高いことだ。そもそも守備以上に攻撃の役割を担うポジションで、守備にエネルギーを使いすぎていては肝心の攻撃で能力を発揮できない。香川に替わって同ポジションで起用され攻撃を牽引した清武の数値が低いことを見ると、攻守のバランスを再考するべきかもしれない。
逆に、右サイドの本田の数値が低いことも気になる。その分、同じ右サイドのDF酒井(宏)の負担が大きくなっているようにも見える。もちろんチームの約束事としてやるべきことは徹底すべきだが、各選手の特徴を消さないようバランスを再考する必要もあるだろう。
「ゆっくり持って、前方に長く出す」清武
所属クラブでの出場機会に恵まれない香川に替わって、親善試合のオマーン戦に続き、サウジアラビア戦でも清武がトップ下で起用され、期待に応えた。下の表は、サウジアラビア戦でのボールキープ時間と1タッチプレーについてまとめたものだ。
出場時間に差はあるが、香川と清武のプレースタイルが異なることがわかる。香川は1タッチプレーの割合が83.3%と高く、一方で、清武は31.9%と低い。それ以外の選手を見ても、香川の1タッチプレーの割合は高いことがわかる。出場時間や流れも影響するので一概には言えないが、良い意味で攻撃のアクセントとなるのか、周囲とのリズムの不一致を意味するのか、今後もう少し注意深く見守る必要がある。
下の図表は、最終予選5試合での香川と清武のパスに関するデータを集計したものと、シュートに変わるスタッツをまとめたものだ。まずパス距離に関するデータからは、香川はショートパス、清武はロングパスに特徴があることがわかる。
さらに、パス方向で見ると、香川は横方向と後方向、清武は前方向の比率が高い。そして、清武はスルーパス、クロスの数値が高く、一方で、香川はドリブル数が多い。直近の試合での印象に偏ってしまうが、清武が攻撃を牽引する裏にはこのようなパスの特徴が見られた。
上の表は2人のシュートに関するデータだが、最終予選に入り、香川の枠内シュートが1本で割合にして12.5%と低いことが気になる。スルーパス受け数にも、2次予選とは逆転した関係が見られる。もしかすると、香川のパフォーマンスの低下が、清武のパフォーマンスが上がっているように錯覚させているのかもしれない。
香川の「被タックル」数が急増した理由は?
下の表は、アジア2次予選と最終予選におけるアタッキングサードでの被タックル数ランキングを示したものだ。これを見ても、香川の数値が2次予選から大きく変化していることがわかる。攻撃の最終フェーズとなるアタッキングサードにおいて、最終予選では90分換算で約2倍の被タックル数を記録している。
当然、香川に対するマークが厳しくなったことも考えられるが、所属クラブでの試合勘の欠如から、ボールを保持した際の判断と、ドリブルのキレもイマイチという印象を受ける。
一方で、この数値の改善が香川の復調を意味するかもしれない。最終予選後半までに所属クラブでの出場時間を増やし、アタッキングサードでの駆け引きを通して、再度、試合勘と香川らしさを取り戻して欲しい。
なお、清武も所属クラブで十分な出場時間を得られているわけではない。この2人が欧州でも日本代表でもチーム内の切磋琢磨でコンディションを上げていくことが、最終予選後半の日本代表の攻撃を支える重要なポイントとなるはずだ。二人の欧州でのプレーに注視しておきたい。
アウェイでの引き分け狙いが致命傷になる恐れ
下の表は前回のブラジルW杯アジア最終予選と、今回のロシアW杯アジア最終予選の日程と結果をまとめたものだ。
前回はホームで6対0と大勝したヨルダンにアウェイで負けている。さらに、天敵となるオーストラリアにはホームでも勝てていない。今回のアジア最終予選後半では、中東アウェイの試合が3つも残され、かつ、ホームではあるが、強豪オーストラリアを迎えた試合もある。
また、順位表を見てもわかる通り4チームが勝ち点1の中にひしめき合っており、いずれのチームも、出場権獲得を意味する2位以上を狙って必死で立ち向かってくる。つまり、いずれも負けられないことは当然だが、アウェイとはいえ、引き分けではなく勝ち点3を狙いに行かなければ、最後の最後で何が起こるかわからない。
下の表は、前回ブラジルW杯アジア最終予選のホームとアウェイでのシュートに関連するスタッツだ。
このデータを見てみると、アウェイでは相手の攻撃が勢いを増し、日本の攻撃は勢いをそがれている。今回の予選のオーストラリア戦でも見せた、しっかりと守ってショートカウンターを狙うという戦術の採用も予想されるが、選択肢としての、失点1を覚悟してでもそれを上回る得点を狙った戦術も必要不可欠だろう。もちろん、選手たちの攻守でのハードワークの重要性は言わずもがなだ。
欧州ではこれからがシーズン本番である。ロシアW杯アジア最終予選後半が再開される2017年3月までには、ピッチでプレーする機会が多く残されている。欧州組の出場機会の少ない選手たちは、これからの数カ月で状況を改善することができれば、心身共により一層の成長が期待できるだろう。
一方で、残された日程で最高の結果を残すには、これまでのW杯最終予選以上のハードワークが求められる。その準備を今から始めなくてはならない。まずは次のアウェイでのUAE戦(2017年3月23日)が大きな山となるだろう。希望と危機感が同居する中、ピッチ外から本気の戦いを目の当たりにできる4年に一度のチャンスを、十分に楽しみたい気持ちである。
以下は、このコラムにデータを提供していただいているデータスタジアムが運営するサッカーのデータサイトの紹介です。本コラムと併せてお楽しみください。
「Football LAB(フットボールラボ)」は、サッカーの試合におけるパスやタックルなどのプレーデータや、それら100万を超える膨大なデータを基にした統計分析によって導き出した「チャンスビルディングポイント」などをご紹介していくサイトです。
Powered by リゾーム?