元外交官で外交交渉に精通している宮家邦彦氏(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹)は、米朝首脳会談における米国の交渉術を「稚拙」と評価する。例えば「切り札を最初に切る」「決定権のない者と交渉する」という具合だ。今後は、戦争ではないものの平和でもない“新常態”に北東アジアは突入すると展望する。
(聞き手 森 永輔)

今回の米朝首脳会談で最も注目したのはどんな点でしょう。
宮家:一つは、交渉の進め方。「ディール・メーカー」「交渉の達人」を自賛するドナルド・トランプ米大統領の外交交渉が自滅したことです。それも北朝鮮のような小国にすら通用しなかった。セオリーを軽視し、無手勝流を通したつけが回ったのです。将来、外交の教科書に失敗事例として載るのではないでしょうか。

セオリーに則っていないとは、どんな行動を指しますか。
宮家:例えば、切り札を最初に切ってしまいました。首脳会談は本来、最後に切るカードです。実務者が協議して内容を詰めた末にやる。まして今回のケースでは、北朝鮮側が切望している会談ですから。
さらに、首脳による1対1の協議を冒頭に持ってきました。安倍晋三首相のように何度も会っている相手なら、それでもかまいません。しかし、金正恩(キム・ジョンウン)委員長とは初対面です。まずはみんなで会って、どのような人物かを見極めるべきです。
二つ目は共同声明の内容について。北朝鮮は非核化について、従来からの主張を守り通し、一切譲ることがありませんでした。「これはすごい。まして米国相手に」と思いました。まあ、攻める米国があまりに稚拙だったので、救われた部分もありましたが。
三つ目は、北朝鮮が自らを普通の国に変えようとしているようにも見えることです。例えば、以前より情報を公開するようになりました。これが本当なら金委員長は冷戦を終了に導いたソ連のゴルバチョフのような存在になるかもしれません(関連記事「金正恩がゴルバチョフになる可能性を読む」)。この点は、たまたま道下さんと同意見です。しかし、それゆえ北朝鮮の政治体制がかえって危なくなる可能性があります。
米国は、米朝首脳会談がもたらすこうした効果を計算に入れているのかもしれません。ただし、入れていないかもしれない。
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