在韓米軍のハンフリーズ基地を訪問したトランプ大統領(写真:AP/アフロ)
米朝首脳会談の受け入れを、ドナルド・トランプ米大統領はなぜ即断したのか。理由は明らかになっていない。報道は、金正恩委員長から届いた「非核化する」「米韓合同軍事演習を理解する」とのメッセージを信用した、という。
だが、韓国政府高官が、この他に「特別メッセージがあった」と明らかにした。このメッセージがトランプ氏の決断をうながす一助になった可能性がある。
ホワイトハウスと米政府筋によると、この特別メッセージの内容は「在韓米軍の撤退を求めない」だったという。「米韓合同軍事演習を認める」「在韓米軍の撤退を求めない」は、北朝鮮のこれまでの政策からは、予想できない提案だ。 北朝鮮は、「米韓合同軍事演習の中止」を求め、威嚇するように核実験を行い、ミサイルを発射したこともあった。在韓米軍を撤退させ、南北統一を目指すというのが、北朝鮮の基本戦略だった。
金正恩氏のメッセージから、一つの疑問が浮かび上がる。この政策を放棄したのか。本当に政策を変えたのか。
実は、「在韓米軍の撤退」について、金正恩氏の祖父である故金日成主席の時代に「統一の過渡期には在韓米軍駐留を認める」方針を決定していた。この方針を、1990年代初めに米国に伝え、米朝交渉を求めていた。このため、金正恩氏は従来の方針を逸脱したわけではない。
「非核化する」との金正恩氏の伝言も「朝鮮半島の非核化(注:北朝鮮軍と米軍の双方が核兵器を朝鮮半島から撤去する)」は、金日成、金正日(注:金正恩氏の父親)ともに約束していたから、方針転換とはいえない。「米韓合同軍事演習」も、容認すると言ったのでなく「理解する」と言ったに過ぎない。
「理解する」は誤訳か
朝鮮語の「理解する」の意味は、日本語とは違う。日本語や英語の語感からすると、「理解する」は「認める」という感じだろう。一方、朝鮮語では「是認する」より、やや消極的な語感を持つ。
「米韓合同軍事演習を理解する」という言葉を、金正恩氏がどのような意味で使ったかは、明らかではない。韓国側は、どのように英語でトランプ氏に伝えたのか。「アンダスタンド(understand)」と言ったのだろうか。
金正恩氏は、「今後は、米韓合同軍事演習を認める」と言ったわけではないだろう。4月から行われる「米韓合同軍事演習」について、「しかたがない」との意味で、「理解する」と言ったのではないか。
実は、失敗し困った時に韓国語では「理解してください」と、よく使う。日本語では「許してください」の意味だ。この語感を当てはめれば、金正恩氏が使った「理解する」の意味は「今回は許してあげる」か「今度だけは、仕方がない」の意味になる。この語感の違いを理解することなく、トランプ氏が首脳会談を即断したのなら、言葉の違いが生んだ「歴史的誤訳」というべきか。
朝鮮戦争の平和協定締結を求める?
金正恩氏のメッセージから、もう一つの疑問が浮かび上がる。「在韓米軍の撤退を求めない」「米韓合同軍事演習を理解する」の言葉は、「朝鮮休戦協定を平和協定に変える」との提案を前提にしないと、「理解」できないのだ。
「平和協定」が締結されれば、在韓米軍は撤退を迫られる。そこをあえて、「在韓米軍の撤退を求めない」と北朝鮮が述べたので、トランプ氏は首脳会談を即断したのだろう。「在韓米軍の駐留継続」の前に、「米朝平和協定を締結しても」と補うと、金正恩氏のメッセージが意味を成す文になるのだ。
金正恩氏は、首脳会談の成果が「在韓米軍の駐留継続」「米韓合同軍事演習の継続」では、国民や軍を説得できない。反発を抑えるには、「平和協定の締結」が不可欠だ。これが、金正恩氏が隠したもう一つのメッセージと考えると、全てが繋がる。
オーナー経営者トランプ氏の計算
北朝鮮の労働新聞は、14日も「在韓米軍の無条件撤退」を求める論評を掲げた。「在韓米軍撤退を求めない」とのメッセージは、なお報道していない。やはり、衝撃が大きすぎるのだ。
南北首脳会談は、板門店の韓国側施設で行われる。北朝鮮の外交は、各国の指導者や政治家を平壌に呼び、大歓迎とマスゲームで感動させ懐柔するやり方だった。これに対して今回の米朝首脳会談はスウェーデンのストックホルムで行われる、との観測が強まっている。首脳会談を平壌でしたくない事情があるのだろうか。
韓国の文在寅大統領とトランプ氏が平壌に来れば、世界各国から取材記者が押しかける。記者の取材や行動は、平壌市民を動揺させる。平壌開催では、危険が大きすぎる。会談が失敗しても「成功」と報道しなければならない北朝鮮としては、国外で開催するのが安全だ。
こうした危険を覚悟して北朝鮮が首脳会談を提案したのは、国連や日米による制裁が大きな効果をあげているからだろう。北朝鮮軍は、世界で最も石油の少ない軍隊である。今年の制裁が実行されれば、確保できる軍事用石油は最大でも40万トンだ。これでは、戦力は維持できない。日本の自衛隊は、戦争を予定しないが年間150万トンの石油を消費している。
何としても制裁緩和を図らないと、経済と軍事力が弱体化し、体制崩壊の危機に直面する。トランプ氏は、この事情を十分に理解しているようで、ホワイトハウス記者団に「北朝鮮が首脳会談を提案したのは、私が課した制裁の成果だ」と、強調した。
北朝鮮は、南北首脳会談で開城工業団地の再開について合意し、制裁の緩和を米国に認める戦略だろう。だがトランプ氏は、「非核化実現まで制裁を緩和しない」立場を安倍晋三首相と確認し、北朝鮮の譲歩を引き出そうとしている。
トランプ氏が軍事行動を選択しない方向を世界は期待するが、トランプ氏は繰り返し「軍事行動の選択」に言及している。会談が成功すれば、自分の業績を誇示する機会にする。失敗しても軍事攻撃の口実にできる。どちらにころんでも損はない計算だ。
トランプ氏は、オーナー経営者型の大統領だ。オーナー経営者は、自分の判断と決断に自信を持ち、部下の言うことを聞かない。金正恩氏を説得できる、と考えている。
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