核開発を放棄すれば金正恩は追放される

 平壌の事情から、まず説明したい。日本や韓国では、金正恩体制は安定し完全に軍を掌握している、との分析が語られる。だが、この情報は要注意だ。韓国の情報機関は、真実を知っていても北朝鮮を刺激しない分析を流す。

 韓国の情報機関が「金正恩体制は不安定だ。軍を掌握していない」と述べると、北朝鮮は激しく反発し謝罪を求める。だから、韓国政府の判断をそのまま受け入れると、騙されかねない。ただ、韓国政府の情報の精度がかなり高くなっているのは事実だ。

 韓国は、北朝鮮で金英哲・人民軍偵察総局長が統一戦線部長に就任したとの情報を、今年になって入手していた。この情報の正確さが、2月初めに確認された(後述)。

 北朝鮮は、国家目標について「南朝鮮(韓国)の主体思想化」と明言してきた。つまり、韓国を統一するということだ。軍事的な手段による統一も辞さない方針である。しかし、北朝鮮の軍装備は劣化する一方で、通常兵器での戦争はすでに不可能になっている。

 そうなると、軍の権威と威信が失われるので、軍部は90年代から指導者に「あと数年で戦争はできなくなります。今が最後のチャンスです」と伝えてきたといわれる。中国政府関係者は、金正恩第一書記も「戦争できるのは、あと数年」と軍幹部から伝えられているという。金第一書記が、「統一大戦争の年になる」と2014年から発言してきたのは、こうした事情のためだ。

 北朝鮮の軍部は、韓国と米国が北朝鮮軍の兵器が劣化していることを知れば攻撃してくると本気で心配している。抑止するには、米国に届く核兵器が必要だと判断した。だから、核兵器の開発を放棄すれば北朝鮮は崩壊させられると本気で考えており、金正恩第一書記は「核開発放棄」に決して言及できない。せいぜいが「朝鮮半島の非核化」である。核開発放棄を明言すれば、軍部の支持を失い追放されかねない。軍の意向を無視できない立場にある。北朝鮮の指導者は、軍を完全には掌握できていないのである。

 北朝鮮は核開発を、米国との交渉のカードに利用してきたが、開発放棄の合意には至っていない。放棄できないからだ。北朝鮮は、米国が「敵視政策」を取るから核開発をしていると公式には説明する。だが、どうしたら核開発を放棄するかの具体的な条件は、明らかにしない。米朝国交正常化なのか、現政権を崩壊させないという保証なのか、経済協力なのか。何度となく条件を変えるので、交渉は進展しない。

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