北朝鮮の「水爆実験」に抗議して、韓国の学生がデモを行った(写真:AP/アフロ)
北朝鮮が1月6日、「水爆実験」を行った。なぜ今、行ったのか。何のために行ったのか。本当に水爆なのか。盛んに議論されている。
最初の2つの疑問には、来る5月に開催が予定されている、36年ぶりの朝鮮労働党大会が大きく関係している。党大会は、北朝鮮では歴史的な行事で、この成否が体制の行方を決める。金正恩第一書記の頭には現在、党大会の準備と成功しかない。そして、党大会を成功させるためには、金正恩第一書記の訪中と習近平国家主席との首脳会談が必須となる。これらを実現するための交渉ツールが今回の「水爆実験」だった。
年7000万円の国家予算では水爆は作れない
まずは水爆だったのかどうかについてみよう。
韓国の情報機関と専門家、米政府関係者は「(北朝鮮は)水爆が作れるほどの技術を持っていない」「爆発が小さすぎる、ブースト型核分裂爆弾ではないか」との疑問を示している。ブースト型核分裂弾は、水素爆弾ほどではないが、核爆発を拡大できる「水爆まがい」の技術だ。
開発資金の面から見ても、北朝鮮が水爆を製造するのは難しい。水爆を製造するには1兆円を超える資金が必要と指摘される。北朝鮮の国家予算は、公式の為替レートを適用すると約7000万円程度しかない。
水爆ではないという事実は、実は、北朝鮮の公式声明の中で明らかにされていた。政府声明は、次のように述べている。「我々は新しく開発された試験用水爆の技術的諸元(諸要素)が正確であることを完全に実証し、小型化された水爆の威力を科学的に証明した」。
声明は「試験用水爆」との表現を使っており、今回の実験が「完成した水爆」ではなく「試験」段階でしかない事実を認めている。今回の核爆弾を、朝鮮語では「水爆」と表現することにする、というトリックを使ったわけだ。北朝鮮の技術者は正直なのか、あるいは「水爆でない」とバレるのを見越して、言い訳できる余地を残したのか。
なぜ、こうしたトリックを使ってまで「水爆」と発表したのか。単なる「核爆発」では、国連安保理決議違反になり、国際社会の厳しい批判と新たな制裁を招くだけだ。米国や中国、日本と韓国が大きな衝撃を受けることはない。
「水爆」と発表することでこれらの国々に衝撃を与え、中朝首脳会談を実現するとともに米国を対話に引き込む。恒例の「瀬戸際外交」を展開したわけだ。もしこの駆け引きに失敗しても、「水爆実験」ならば、指導者の「偉大な業績」として国内で宣伝することができる。
さらに、関係者によると、新たな核実験を求める軍の意向に金正恩第一書記は逆らえない事情があるという。裏読みすると、金正恩第一書記は軍を完全には掌握できていないことになる。
党大会の成功には中朝首脳会談が必要
北朝鮮は、1980年以来、労働党大会を一度も開催できていない。社会主義国としては、異常な事態だ。労働党大会は、最高意思決定機関である。当初の党規約は、5年に一度開催することを規定していた。
なぜ開催できなかったのか。その理由は明らかではないが、金正恩第一書記の父である金正日総書記の施政方針と関連していると見ることができる。金正日総書記は党の関与を弱体化させ軍主導の政治を行った。金正日時代は、軍が党を無視する事態が継続した。
金正恩第一書記は、この軍事優先の政治を、労働党が優先する本来の権限行使状態に変えようとしている。だが、これを実現するのは容易なことではない。軍事優先のシステムは、20年も続いてきた。軍は多くの利権を獲得し、党の人事に関与した。これを党優先の政治システムに切り替えるには、党大会による決定がどうしても必要だ。
一方、党大会を成功させるためには、食糧難の解消や国民生活の好転が必要となる。それには、金正恩第一書記が訪中し、習近平国家主席との中朝首脳会談を実現する必要がある。習近平国家主席が労働党大会に出席すれば、党大会は大成功となり、指導者の偉大な業績として評価される。
モランボン楽団のドタキャンも水爆が原因
北朝鮮は「水爆実験」の当日、異例の報道を行った。国営朝鮮中央テレビが、「水爆実験」の命令書に金正恩第一書記が署名する様子を放映したのだ。昨年12月15日と今年1月3日の2回にわたり、同書記が命令書に署名したと明らかにした。
北朝鮮が過去の核実験において、こうした経緯を明らかにしたことはない。この報道には、明らかに目的と意図があったと考えられる。北朝鮮の報道は、厳しく規制されている。宣伝工作の一環と位置づけられており、報道には隠れた真実がある。
昨年12月の命令書は、今年5月の労働党大会に言及するとともに、わざわざ「2016年の壮大な除幕を爆音とともに行うことで、全世界が(北朝鮮)を仰ぎ見るようにせよ」に書いてあると伝えた。「水爆実験」と党大会が関連することの証の一つである。1月3日の命令書には、「党中央は水素爆弾実験を承認する。2016年1月6日に断行する」と金正恩第一書記が自筆で署名した。
この報道で重要なのは、「12月15日」「1月3日」という日付である。北朝鮮が「水爆実験」を実施する原因は中国にあると述べていることになるからだ。
実験に至る経緯は、次のようなものだった。まず、朝鮮中央放送が12月10日、「金正恩第一書記が、(北朝鮮は)核爆弾、水素爆弾の巨大な爆発音を響かせられる強大な核保有国となったと述べられた」と報じた。中国はこれに激怒した。核実験とミサイル発射を中止すれば、金正恩第一書記に訪中の招待状を送り、経済支援も再開すると北朝鮮に伝えていたからだ。
実はこの日、金正恩お気に入りの女性音楽グループ「モランボン楽団」が北京入りしている。12日に公演する予定だった。各国メディアは、「中朝の関係改善の象徴」と報道した。ところが同楽団は、12日の朝に金正恩第一書記の命令で突然帰国。中朝関係が悪化していることが明らかになった。
公演は、なぜドタキャンされたのか。北京に在住する北朝鮮関係者によると、公演には習近平国家主席ら最高幹部が出席すると期待された。ところが、水爆発言に怒った中国側が「指導部は出席できない」と伝えてきた。これを受けて金正恩第一書記は、同楽団に帰国を命じた。
中国指導部はその後も、同書記の訪中に関する交渉に応じなかった。「党大会前に訪中し、偉大な成果を宣伝する」という金正恩第一書記の計画が、崩壊したわけだ。
北朝鮮の労働党機関紙「労働新聞」は、金正恩第一書記が12月15日に水爆実験の命令書に署名をした後、12月17日と23日の2回にわたり、同第一書記による「水爆発言」を報道した。「このままでは、水爆実験をしますよ」と中国を脅し、譲歩を求めた様子がうかがえる。「水爆実験」の署名に関する報道は、この経過を示唆し、「責任は中国にある」と非難しているわけだ。中国は、なんとも子供じみた対応だと受け止めたことだろう。
金正日時代にも、指導者お気に入りの楽団を訪中直前に派遣したことがあった。この時、中国の指導者は、公演に出席し、写真撮影をして歓待した。北朝鮮の外交関係者によると、金正恩第一書記はこの前例にならって中朝関係の改善を実現し、訪中を実現するつもりでいた。
米中の甘い対応が「成功体験」に
金正恩第一書記は、指導者に就任して以来一度も中国を訪問していない。中朝首脳会談も実現していない。5月の党大会を盛り上げるためには、訪中と首脳会談がどうしても必要だ。首脳会談が実現すれば、中国から石油や食料などの大規模援助を期待することができる。党大会を成功させるには、この援助が必要だ。
北朝鮮はこれまでの経験から、中国は核実験やミサイル発射に当初は反発するものの、やがては関係改善に応じると見ている。米国の大統領も、任期最後の年になると、北朝鮮問題で成果を上げようとして、対話に応じてきた。
この「成功体験」が、北朝鮮を「水爆事件」に踏み切らせたわけだ。
だが、金正日時代と現在では、中国と北朝鮮の国力に天と地ほどの差がある。北朝鮮の国内総生産(GDP)は最大でも3兆円しかないと韓国銀行は推測している。一方、中国のGDPは1300兆円を超える。この数字は、中国が決断すれば、北朝鮮の指導体制が弱体化し、やがて崩壊に向かう可能性を物語っている。
金正恩第一書記はこの現実を理解できず、父親時代の感覚のまま「水爆もどき実験」を命令し、習近平国家主席の怒りを買った。金正恩第一書記は、中国と国際社会で尊敬されていない。歴史はいずれ、「水爆実験」が北朝鮮崩壊につながった、と記録するかもしれない。
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