ESG(環境・社会・ガバナンス)の取り組みを経営戦略の中枢に据える企業が増えている。最近では今年2月に花王の澤田道隆社長が、決算説明会の場でESG活動を今年から本格化すると宣言した。同社は、2017年12月期の営業利益が5期連続で最高益を更新するなど業績は好調だ。2030年には売上高2兆5000億円、営業利益率17%、ROE(自己資本利益率)20%を目指す。ESG活動は持続的成長へ向けた重点施策だ。
ESG活動の柱となるテーマが、「資源循環」と「清潔と衛生」である。例えば資源循環では、シャンプーなどの詰め替え製品の販売を拡大する。花王は1991年に詰め替え製品を発売し、容器に使うプラスチックの量を減らしてきた。今年、詰め替えの概念を覆す新製品「スマートホルダー」の店頭販売を開始する。既存の詰め替え製品の注ぎ口をポンプに差し込むだけで使えるため、ボトル本体や詰め替える手間が要らない。昨年4月からアスクルの個人向けネット通販「LOHACO(ロハコ)」などインターネットで先行販売しており、よく売れているという。
シャンプーやボディソープなどの詰め替えの手間を省いた花王の「スマートホルダー」
なぜ今、企業がESGの取り組みを強化するのか。潮目を変えたのが、2015年に国連が採択した「SDGs(持続可能な開発目標)」と「パリ協定」だ。国際社会が2030年に向けて環境や健康、人権といった課題の解決を目指すことで合意したことが、世界の経営者の意識を変えた。ロイドレジスタージャパンの冨田秀実取締役は、「パリ協定やSDGsは世界のコンセンサスになっている。気候変動が本当なのかどうかを疑う人もいるが、世界の流れに乗らないとビジネスは成功しない」と話す。
英蘭ユニリーバやスイスのネスレといったグローバル企業はパリ協定やSDGsが登場する前から、環境や社会課題の解決と事業の成長の両立を掲げて実績を残してきた。こうした企業に比べると、ESGに本気で取り組もうという姿勢が今ひとつ見えなかった日本企業を変えつつあるのが、「外圧」の存在だろう。
ESGの取り組みを投資の判断材料にするESG投資の広がりは外圧の一つだ。日本でも世界最大級の機関投資家である年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が昨年からESG投資を開始した。投資家が企業の環境や社会課題への対応力を評価するようになっており、対応が不十分な場合は長期成長を支える安定株主の確保にも影響を及ぼす可能性がある。
CO2排出量の削減や女性管理職の登用といったESGに関わる非財務情報の開示に対する圧力も大きくなっている。インデックス(株価指数)を作成するESGの評価機関は公開情報を基に企業を格付けするところが多いからだ。いくら取り組みが進んでいても、それを開示しなければ正当な評価は得られない。
世界の投資家がESG情報の開示を迫る
昨年6月には、米金融安定理事会(FSB)の気候関連の財務情報開示に関するタスクフォース(TCFD)が、気候変動による財務リスクを開示する方法を盛り込んだ提言を発表した。ロンドンに本拠を置く国際NGOのCDPが今年から、TCFDの提言を企業の評価に取り入れている。CDPは毎年、世界の約6000社に質問書を送り、気候変動、水資源、森林資源に関する取り組みを調査・採点・公開している。CDPの活動には、運用資産総額100兆ドル、800超の機関投資家が関わっており、今やグローバル企業にとって無視できない存在だ。
ESGの取り組みを推進する上で大切になってくるのが、社員一人ひとりの意識と行動を変えること。環境や社会課題の解決を自分事として捉えて日常の業務にまで落とし込めるかどうかが課題になる。環境対策はコストと見ていたり、地域社会への貢献は事業とは別に取り組むものと考えていたりする社員は少なくないだろう。
売り上げや利益に直接関わる財務的な取り組みと、環境や社会貢献といった非財務的な取り組みの関係を、どうやって社員たちに「腹落ち」させるか。花王の澤田社長は自ら1枚の図解を作ったという。「財務的な戦略・取組み」と「非財務的な戦略・取組み」を図形で示し、その大きさや双方を結ぶ矢印の向きで意味を表している。これまでの考え方では、非財務の取り組みはコストと見なされ、利益の一部を使ってすることと捉えられがちだったが、これからは考え方を変えて、将来の成長のための投資と位置付けて取り組んでいくことが重要になる。澤田社長はこんなメッセージを図解を使って社内外に発信した。
花王の澤田社長が自ら作ったという「財務的な戦略・取組み」と「非財務的な戦略・取組み」の関係を表す図 (出所:花王の資料)
ESG活動の旗振り役を担う花王サステナビリティ推進部長の柳田康一氏は、「ESG活動に取り組むことによって信頼できる企業としてブランド価値が高まれば、消費者が商品を買ってくれる。社員の士気が上がり、採用でもいい人材が集まる」と話す。
前述の資源循環の他に、これから前面に打ち出そうとしている清潔と衛生については、手洗いの習慣を日本やアジアで定着させるために啓発活動を強化する。子供たちが正しい手洗い方法を学べる講座を日本やタイ、台湾、インドネシアで実施。ベトナムでは、ユニセフと連携して子供に衛生教育を展開する。
病原菌の感染を防ぐなど子供たちの健康を支えながら、ハンドソープなど同社の製品の普及につなげる考えだ。
ESG活動は将来収益になる
花王の澤田社長だけではない。ESGの取り組みに力を入れる丸井グループの青井浩社長も図解を使って社員の意識を変えようとしている。
同社は、財務情報と非財務情報を1冊にまとめた統合報告書を2015年から発行している。ESGの取り組みも重視して企業を評価する投資家との対話を強化するとともに、社員が自分たちの会社がどういう会社かを再確認できるようにするために、当時は発行する企業がまだ少なかった統合報告書の作成に挑戦した。
昨年12月に開催した投資家向け説明会で、青井社長は「プレ財務」という言葉を口にした。ESG活動を意味しているが、一般に使われる「非財務」という呼び方だとピンとこない人はまだ多い。財務に非ずと書く文字面からして事業との一体性を感じにくい面もある。将来、売り上げや利益といった財務的な価値につながるものという意味を持たせたプレ財務の方が、社員の腹に落ちやすいというわけだ。
ESG情報の開示がどうして大事なのか。プレ財務という言葉に加えて、図解を使って社員の理解を促している。右向きの三角形を描き、その中を左右2つに分けて左側に「プレ財務」、右側に「財務」という文字を入れている。時間軸に沿って左から右へ進むとプレ財務が財務に変わる、つまり報告書に載せるESG活動の情報はいずれ売り上げなどの財務情報として顕在化する大事なものであるということが直感的に分かるようになっている。プレ財務と財務の面積配分など細部までこだわったという。
丸井グループの青井社長のこだわりが反映された非財務と財務の関係を表す図 (出所:丸井グループの資料)
青井社長は言葉や図解を駆使するとともに、統合報告書の作成にも深く入り込む。すべての会議に参加し、ESG推進部やサステナビリティ部、広報部、IR部、経営企画部など様々な部署から参加する社員の意見にしっかり耳を傾けながら、自分の考えを伝えている。経営トップがここまで関与するのは珍しい。
ESGの取り組みを推進して企業価値の向上を目指す青井社長に刺激を受けながら、社員たちの意識は徐々に変わり始めている。
例えば、ESG活動の推進役を担うサステナビリティ部は、外の目を入れて活動の方向性や優先順位を決めるようになってきたという。どんなことに取り組み、それをどう開示していくか。自分たちだけで考えられることには限界がある。思い切って殻を打ち破り、投資家や専門家、顧客、ESGの取り組みで先行する企業などの声を聞くために外へ出る。
丸井グループESG推進部長の戸井田敦子氏は、「今までは自分たちの優先順位でものごとを組み立てていたが、海外の投資家やESG評価機関といった外部の視点を意識するようになった」と話す。
例えば、温暖化対策ではこんな変化が表れている。従来は、自社の事業活動に伴って排出するCO2を減らし、結果をきちんと開示していればよいと考えていた。だが、社外の声を聞いてみると、自社の評価を高めるには情報の信頼性を担保する必要があると分かり、CO2排出量について第三者検証を受けるようにした。今後は、CDPなどが要請している「SBT(科学に整合した目標)」を設定し、投資家の評価向上に結び付けたい考えだ。
異業種や顧客にも学ぶ
ESGの取り組みで定評のある先進企業との情報交換にも力を注ぐ。セミナーや展示会場に積極的に足を運び、気になる企業を見つけては名刺交換をして対話につなげている。その数は延べ約30社になるという。従来は同業の流通事業者の動向をベンチマークにしていたが、現在は精密機器や飲料、住宅など製造事業者の取り組みも参考にする。
丸井グループESG推進部ESG推進担当の塩田裕子課長は、「最初は(ESG情報開示の)経験が浅い私たちが聞きにいってもいいのかと戸惑いもあった。けれど、同じ様にESGに取り組んでいる企業と話すのはこんなにも得るものがあるのかと気付かされた。そこからさらにエンジンがかかった」と明かす。
丸井グループの商品や売り場にもESGの取り組みが表れている。顧客が自分に合う靴を見つけられるように豊富なサイズをそろえたプライベートブランド商品を開発した。売り場には在庫を置かずインターネットで注文する方式を採用して在庫を減らしている
同社の大切な顧客である、来店客やクレジットカード会員の意見にも耳を傾ける。統合報告書などに関するアンケートを実施し、年間約2000人から回答を得ているという。例えば、報告書に「専門用語が多い」といった指摘があったので、用語解説の追加や別の分かりやすい言葉に言い換えることを検討中である。報告書をパソコンではなくスマートフォン(スマホ)で読む人が増えており、小さな画面でも見やすいようにレイアウトなどを見直す予定だ。
ESG活動の強化によって企業価値の向上を目指す企業が増える中、花王の澤田社長や丸井グループの青井社長のように経営トップが深く関わり、リーダーシップを発揮できるかどうかが成否を左右しそうだ。
本記事は、「日経エコロジー」2018年4月号(3月8日発行)に掲載した内容を再編集したものです。
Powered by リゾーム?