「ああ、それは、わたしも、はじめて聞いた時、不思議に思いました。今考えてみれば、川沿いの村では貨幣獲得が非常に困難です。そのため、都市部では安い金額でも彼らにとっては貴重な貨幣なんです。あくまで、町では安い、ということです。あと、もともと畜産が困難な川での貴重な食肉としてマナティーは重宝されていたので、法を犯してまで、という大げさな感じではないように思います。『昔からやっていることだから』という感覚で捕獲しているのではないかと。個体数が激減したのは、地元の人の捕獲ではなくて、むしろ商用、工業用製品として年数千頭の乱獲をしたのが原因ですから」

 マナティーが工業製品?

 ちょっと衝撃的である。菊池さんによれば、アマゾンマナティー皮が非常に丈夫なため、工場のベルトコンベアやホースなどに使われていたことがある、というのである。

出口が必要

 いずれにしても、国立アマゾン研究所の水槽には、本当に「芋洗いのごとく」アマゾンマナティーがいる。だから、彼らを今後どうしていくのか「出口」が必要になる。その回答が、今回ぼくが参加したマナカプルの湖での適応期間をおいた上での放流だ。完全に人工環境の水槽ではなく、自然に近い(しかし、いざとなれば餌を足したり保護できる)湖で、乾季雨季の水位変化や、自分自身での餌探しなどに慣れてもらう段階を設けている。「ソフトリリーシング」と菊池さんは言っていた。

 実は、保護されたマナティーの放流は、今回がはじめてというわけではない。

こちらは国立アマゾン研究所の研究棟で、菊池さんの机がある若手用の部屋。
こちらは国立アマゾン研究所の研究棟で、菊池さんの机がある若手用の部屋。

「はじめての放流は、2008年と2009年。わたしが参加したのは2009年です。2頭ずつ合計4頭放流したんです。そのときは飼育水槽から健康な9歳ぐらいのマナティーを選んで2頭ずつ、上流の川に放流したんですよね。2008年に放流した2頭のうちの1頭は死亡した状態で発見されました。残りの1頭は、放流時に装着した尾びれベルトに付けた発信器によって1年以上の追跡調査がされました。その後、ベルトが外れて発信器が回収されたんですけど、マナティーの死体は発見されていないので、1年以上の生存確認ということで調査は終了しました。放流マナティーには液体窒素で体に個体ナンバーを刻印しているので、この刻印のある死体が発見されたら研究所に連絡するよう、放流地域の人にお願いしたそうです。まだ連絡を受けたことは無いそうです。その後、私が参加した2009年には、オスを2頭放流し、1頭は死亡した状態で見つかりました。かなり体重を減らしていて、検査の結果、感染症にかかったことが原因で死亡したと推測されました。もう1頭は、衰弱した状態で発見されたので、また保護されて研究所の水槽に戻ったんですけど、今はマナカプルの湖で過ごしています。今回の調査でも捕獲して健康診断をしました。次の放流候補の1頭です」

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