「口から入ってきた水をポンプみたいにしてエラのほうに送り込むベラムという器官(人間の場合、「軟口蓋」をさすが、ヤツメウナギの場合「縁膜」と呼ばれる)があるんですね。その根本のところに血のたまり場、血洞があって、ベラムが動くときに、血洞を押して血流を助けているんです。一方で視点を変えると、ベラムの動きに対して血洞はクッションみたいなって、関節のように機能しているんです。実際に関節の発生を、関節がある魚で見ると、関節の中の潤滑剤、滑液は、血液からできてるんですよね。だから、そもそも、血のたまり場みたいなのものが軟骨の間に挟まった構造が、循環系から独立して関節になったんじゃないかっていうのが僕の仮説なんです」

 正直、ここまで来ると解剖学的な知識がないと立てられた問いイメージすること自体難しいかもしれない。

 ただ、ひとつ思うのは、筋肉にせよ軟骨にせよ、化石記録も残りにくいわけだし、発生学的にもこれまでさんざん観察されても解明に至っていないわけで、宮下さんがいくら「古生物学+発生学」という温故知新的なスキルセットを持っていたとしても、それだけでは心もとない。

アルバータ大学の研究室でゼブラフィッシュの実験をする宮下さん。(写真提供:川端裕人)

 しかし、ここは、本当にこの数年のうちに誰もが使えるようになった新技術が役に立つ。宮下さんが大学院生になった後に世に出たゲノム編集技術CRISPR-Cas9(クリスパー・キャスナイン)だ。すでにアルバータ大学で発生生物学の教室にも机を置かせてもらっていた宮下さんは、ヤツメウナギの胚を入手できるカリフォルニア工科大学の発生生物学の研究室にも「居候」してこの実験に着手した。

「例えば、筋肉が関節の起源だったとします。遺伝子から見ていくと、現生の脊椎動物で顎の関節をつくるために必要な遺伝子の幾つかはヤツメウナギにもあるわけです。もし、筋肉が顎関節の起源だとしたら、そういった遺伝子はヤツメウナギの口の周りの筋肉の枠組みをつくるのにも働いているはずですよね。だから、それをCRISPR-Cas9でノックアウトしてしまえば、その筋肉の枠が乱れるはずです。そして、顎をもった脊椎動物、ここではゼブラフィッシュに同じ実験をすれば、似たような結果が出るはずです。でも、やってみたらそれが全く見られない。その遺伝子は筋肉に発現もしないんです。ということを考えると、筋肉が起源という仮説の整合性は低いだろうということです」