痛いかんじの学生とはいうが、日本から来て初フィールドとなると、そういうものだろう。ただし、「ただの肋骨とか指骨」というのには、ぼくは猛烈に違和感がある。それは、「ティラノサウルス類のアルバートサウルスの肋骨とか指骨」なのである。日本で同等のものが出たら、新聞の一面どころの話ではない。

 宮下さんが飛び込んだ環境は、こういった標本を「ただの」と表現できるくらい恵まれたものだったということだ。

 猛烈な熱中と自己研鑽の日々だったと想像する。恐竜研究という志のために、フィールドに出て、化石をクリーニングして、標本を見て、文献を読んで、という一連の流れを身に染み込ませるのと同時に、宮下さんは高校生でもあった。高校から海外の学校に行く羽目になった人は、言葉の面でも文化・慣習の面でも、適応のために非常な努力を強いられる。宮下さんにとってもそれが簡単であるはずもなかったのだが、しっかり乗り切って卒業し、アルバータ大学に入学している。

熱中するほど好きなことのためとはいえ、留学生活は簡単ではなかったはずだ。(Photograph by Elizabeth Russell, Cleveland Museum of Natural History)
熱中するほど好きなことのためとはいえ、留学生活は簡単ではなかったはずだ。(Photograph by Elizabeth Russell, Cleveland Museum of Natural History)

 田舎町であるドラムヘラーから、アルバータ州都で100万人都市のエドモントンへと移る。奇しくも、長年、ロイヤル・ティレル古生物学博物館の研究部門を率いたフィリップ・カリー博士が、アルバータ大学教授としてエドモントンに移ったのと同じ時期になり、宮下さんはカリー家の一部屋を間借りする形でまさに「書生」になった。

フィリップ・カリー博士(左)とエバ・コッペルフス博士(右)に挟まれて記念撮影。2007年、ロイヤル・ティレル古生物学博物館で開かれた角竜シンポジウムにて。(写真提供:宮下哲人)
フィリップ・カリー博士(左)とエバ・コッペルフス博士(右)に挟まれて記念撮影。2007年、ロイヤル・ティレル古生物学博物館で開かれた角竜シンポジウムにて。(写真提供:宮下哲人)

 学部生時代、宮下さんは、さっそく研究者として頭角をあらわした。2007年、世界中の研究者が集う古脊椎動物学会(SVP)で発表したのを皮切りに、査読付きの学術誌にも研究成果を発表するようになる。

「北米の大学って結構、そういう人がいっぱいいますよ。例えば数学とか物理の理論系とかは、実験室もいらないですしね。あとは僕みたいに高校時代から博物館でインターンとかやってて、そのまま研究にかかわるようになったりする人もいますから」

 宮下さんは、自分がスタートダッシュに成功したとは思っていないし、むしろ研究の入り口に立った当時のことを「自分が何者で、どんなキャリアを積み上げたいのかも分かっておらず、真っ暗闇だった」とまで述べる。でも、少なくとも日本にいたら、真っ暗闇の中、手探りで苦闘すること自体、もっと後になっただろう。そして、人生は意外と短い。早めにスタートを切ったがゆえに、オリジナルな試行錯誤をせざるをえなかったのだとしても、それがあってこそ今、大きな野望を胸に抱くことができたのだと思う。

宮下さんによれば、特に理論系の場合、北米では高校生が論文を発表することも珍しくないそうだ。
宮下さんによれば、特に理論系の場合、北米では高校生が論文を発表することも珍しくないそうだ。

つづく

(このコラムは、ナショナル ジオグラフィック日本版サイトに掲載した記事を再掲載したものです)

宮下哲人(みやした てつと)
1986年、東京都生まれ。博士(Ph.D)。2009年、カナダ、アルバータ大学を卒業。2017年、同大学で博士号を取得。2018年にアメリカ、カリフォルニア州の某大学に研究員として着任予定。恐竜好きが高じて16歳で単身カナダに移り住み、当時ロイヤル・ティレル古生物博物館の学芸員だったフィリップ・カリー博士のアシスタントとして学生時代を過ごす。近年は脊椎動物の進化を主なテーマとし、古生物学と発生生物学の両面から研究を行なっている。
川端裕人(かわばた ひろと)
1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、『雲の王』(集英社文庫)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)など。近著は、ロケット発射場のある島で一年を過ごす小学校6年生の少年が、島の豊かな自然を体験しつつ、どこまでも遠くに行く宇宙機を打ち上げる『青い海の宇宙港 春夏篇秋冬篇』(早川書房)。また、『動物園にできること』(第3版)がBCCKSにより待望の復刊を果たした。
本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)がスピンアウトしている。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。

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