とにかく、いったん日本国内の高校に進んだ宮下さんは、1年生の2学期の終わりには、カナダ、アルバータ州ドラムヘラーの高校に編入する算段をつけ、旅立った。自分で現地校の校長に連絡を取り、校長の紹介で「里親」(18歳以下だったので、現地でガーディアン、「保護者」が必要)を見つけ、本当に行ってしまったのである。

「ドラムヘラーの街に移り住みまして、高校に編入して、その次の段階で町外れにある博物館に行ってフィルに面会したんです。『来てもいいっていうから、来ました。何かさせてください』って。事前に伝えてはあったけど、フィルは絶対、本気にはしてなかったと思うんですよ。だって驚いてましたからね」

 そりゃあ、驚くだろう。その時のカリー博士の心中を想像すると、「あわわわわ」という感じだったのかもしれない。

 しかし、宮下さんは本気であり、熱心であり、有能でもあった。

 ロイヤル・ティレル古生物学博物館は、1985年に開館した比較的新しい施設だが、規模としては世界最大級だ。展示を歩くと、どこを見てもとんでもなく完璧な標本ばかりで目が回る。バックヤードには、さらにおびただしい数の良好な標本が収蔵されている。恐竜好きなら誰もが羨む環境だ。

カナダ、ロイヤル・ティレル古生物学博物館。(写真提供:川端裕人)
カナダ、ロイヤル・ティレル古生物学博物館。(写真提供:川端裕人)

 高校の放課後、毎日、自転車で9キロ離れた博物館まで通い、化石のクリーニングを学んで手伝い、また、カリー博士の資料の整理や、時には家の掃除や芝刈りまで買って出た。当代一流の研究者の「すべて」を理解して自分のものにしようと、一昔前の書生のような立場になった。世界中をみわたしても、これほど日々の生活が恐竜まみれの高校生はいなかっただろう。

 これは、宮下さんの研究者としての日々の始まりでもあった。

つづく

(このコラムは、ナショナル ジオグラフィック日本版サイトに掲載した記事を再掲載したものです)

宮下哲人(みやした てつと)
1986年、東京都生まれ。博士(Ph.D)。2009年、カナダ、アルバータ大学を卒業。2017年、同大学で博士号を取得。2018年にアメリカ、カリフォルニア州の某大学に研究員として着任予定。恐竜好きが高じて16歳で単身カナダに移り住み、当時ロイヤル・ティレル古生物博物館の学芸員だったフィリップ・カリー博士のアシスタントとして学生時代を過ごす。近年は脊椎動物の進化を主なテーマとし、古生物学と発生生物学の両面から研究を行なっている。
川端裕人(かわばた ひろと)
1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、『雲の王』(集英社文庫)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)など。近著は、ロケット発射場のある島で一年を過ごす小学校6年生の少年が、島の豊かな自然を体験しつつ、どこまでも遠くに行く宇宙機を打ち上げる『青い海の宇宙港 春夏篇秋冬篇』(早川書房)。また、『動物園にできること』(第3版)がBCCKSにより待望の復刊を果たした。
本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)がスピンアウトしている。
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