「キーになるのは、ヌタウナギとヤツメウナギです。ヌタウナギは、深海のテレビ番組なんかでクジラの死骸に群がったりしている目のないウナギみたいなやつです。ちょっと触ると、ヌタ、粘液がいっぱい出てくる。英語だとHagfishっていいます。で、ヤツメウナギのほうは、日本でもよく食用とか薬用で使われていると思うんですけど、川や湖に住んでいて、口にある大きな吸盤で他の魚に吸いついて血を吸う。両者とも、骨でできた骨格を持っていません。分類上は脊椎動物なんですけれども、骨がないとか、あるいは顎がないとか、他の脊椎動物にある特徴がないということで、これまでひとくくりにされてきた分類群です。無顎類ともいいます」

宮下さんの研究室にあったヤツメウナギ(生体)の標本。(写真提供:川端裕人)
宮下さんの研究室にあったヤツメウナギ(生体)の標本。(写真提供:川端裕人)

 恐竜ではなく、ヌタウナギやヤツメウナギ!

 かなり小さな動物になってしまった。

 きっと恐竜の研究で博士になるのだろうと思っていた人は肩透かしと感じるかもしれない。ぼくも最初はそうだった。

 しかし、話を聞くうちに、対象となる動物の身体は小さくても、テーマの方は超巨大だとあらためて気づかされた。「脊椎動物のボディプラン」を問うのは「脊椎動物の起源」を問うことであり、それは、ぼくたち人間、中生代に繁栄しすでに絶滅してしまった恐竜、その生き残りの鳥類、もちろん魚類や両生類を含み、ありとあらゆる現生・過去の「背骨を持つ生き物」の起源を問うことなのだから。

 博士論文でそこにあえて切り込もうとする「蛮勇」にも似た勢いに感嘆する。

 これから全6回の予定で、日本の「恐竜少年」だった宮下さんが、「脊椎動物の起源」という、とてつもなく大きなテーマに至るまでを聞いていこう。エキサイティングなものになるのは間違いない。

つづく

(このコラムは、ナショナル ジオグラフィック日本版サイトに掲載した記事を再掲載したものです)

宮下哲人(みやした てつと)
1986年、東京都生まれ。博士(Ph.D)。2009年、カナダ、アルバータ大学を卒業。2017年、同大学で博士号を取得。2018年にアメリカ、カリフォルニア州の某大学に研究員として着任予定。恐竜好きが高じて16歳で単身カナダに移り住み、当時ロイヤル・ティレル古生物博物館の学芸員だったフィリップ・カリー博士のアシスタントとして学生時代を過ごす。近年は脊椎動物の進化を主なテーマとし、古生物学と発生生物学の両面から研究を行なっている。
川端裕人(かわばた ひろと)
1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、『雲の王』(集英社文庫)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)など。近著は、ロケット発射場のある島で一年を過ごす小学校6年生の少年が、島の豊かな自然を体験しつつ、どこまでも遠くに行く宇宙機を打ち上げる『青い海の宇宙港 春夏篇秋冬篇』(早川書房)。また、『動物園にできること』(第3版)がBCCKSにより待望の復刊を果たした。
本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)がスピンアウトしている。
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