久世さん自身、2005年にフィールドに入った後で、09年に出産、育児をする立場になり、今では二人のお子さんがいる。

 すると、オランウータンのお母さんたちは、単なる観察の対象というよりも、より明確な「合わせ鏡」の対象になる。その結果、久世さんが感じ取ったのが、前述のような感想だ。学術的な雑誌に論文として発表されるような知見ではないけれど、大型類人猿の研究では、この手のヒトに直接返ってくる部分が常にある。

1対1じゃない

「だから、お母さんが一人で抱え込むんじゃなくて、保育所こそ、ヒトの本来の子育てだと思います。たくさん子どもたちがワラワラいて、見る人もワラワラいて、1対1じゃないという。孤独に子育てしているオランウータンだって、実は、子どもがほかの子どもと遊ぶ時間を確保しているとことが分かってきているくらいですからね」

 単独行動が基本のオランウータン同士でも、食べ物になる木の近くでばったりと出くわすことがあって、お互いに子どもがいたら、積極的に(というか、子どものなすがままに)遊ばせるのだそうだ。その結果、母も子も食べる時間が減って、摂取カロリーが減ることになろうと。

ダナムバレイの母子。(写真提供:久世濃子)
ダナムバレイの母子。(写真提供:久世濃子)
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「私も観察していたことがあるんですけど、母子ともども食べるのが終わって、休んでいるときに遊びに行くんです。お母さんは、その間、子どもが遊び終わるのをただ待っています。ときどきチラッチラッと様子を見て、『ああ、まだ終わらないわ』みたいな顔をして、じぃーっと待っている。自分が子どもを産む前だったんですが、待っているお母さんの忍耐力がすごいなと思いました」

 そういうオランウータン研究者自身、「忍耐」を要求されるフィールドで生き残ってきた人たちだから、あなたたちの忍耐力もすごいよ、とぼくは言いたくなる。野生オランウータンの研究は、かかる期間が長いこともあって、自らの人生と、野生オランウータンをめぐる経験が、濃厚に混ざり合う傾向にある。

 久世さんもそうだ。

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