オランウータンが種として危機に瀕している時に、なにを悠長なことをやっているのか! という考えの人も世の中にいる。しかし、調査研究は常に保護・保全を支えるものだ。例えば、久世さんたちが見出した、オランウータンの食べ物の好み。例えば、マメ科植物のスパトロブス属は、どんな時にもあてにできる食べ物だというだけでなく、つる植物だから移動のための手立てにもなっている。オランウータンの生息環境を保全するためには積極的に残しておかねばならないものとして、保全活動をしている政府機関や保護団体にも知られるようになった。

 だから、ぼくは、久世さんたちに原生林の野生オランウータン研究をとことん追求していただきたいと願うのだが、今この時点で、非常に大きな問題が立ちはだかっている。

 久世さんたちの「世界最小の調査チーム」が、今、危機にひんしているのである。

 そう聞いた時、そもそも、このような現地のフィールドステーションはどのように拓かれて、維持されているのか、根本的なところで疑問に思った。

 04年に調査開始した久世さんの共同研究者、金森朝子さんは当時、博士課程の学生。そして、05年に合流した久世さんは、博士を取得したばかりのポスドク。個々人の調査費用のみならず、調査助手を雇用し続けてこられたのはなぜなのだろう。そもそも久世さんは、自分の博士研究の時には、資金面から野生の調査を諦めているのだ。

いちばん左が久世さんの盟友である金森朝子さん。男性たちは当時の調査助手。2006年に撮影。久世さんたちのチームには10年を超える歴史があるが、野生オランウータンの調査ではより長期的な継続に大きな意味がある。(写真提供:久世濃子)
いちばん左が久世さんの盟友である金森朝子さん。男性たちは当時の調査助手。2006年に撮影。久世さんたちのチームには10年を超える歴史があるが、野生オランウータンの調査ではより長期的な継続に大きな意味がある。(写真提供:久世濃子)
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「まず、京都大学霊長類研究所の松沢哲郎さん(現在は京都大学高等研究院・特別教授、霊長類研究所・兼任教授)から多大なサポートを受けてきました。松沢さんが取っている大きな研究費からちょっと分けてもらったり、他の大御所の先生たちが取ってきた研究費の一部を共同研究というかたちで使わせていただいたり。もちろん、私が取った科研費とか、金森さんが取ってきた民間の助成金とかをかき集めて……あとは奨学金とか、渡航費用を節約してそれをちょっとでも調査助手の給料に当てるとか。でも、もうそれだと1年先の見通しも立たないことがあって、来年お金ないかもしれないみたいなことになってます」

 特に継続的に雇用しなければならない調査助手の給料は、最優先事項として守り抜かなければならない。というのも、彼らがいなければ、研究自体成立しないからだ。

「オランウータン研究者で、長く続けている人には、『うちの一番信頼できる調査助手』みたいな人が必ずいます。野生でオランウータン研究をはじめて、論文になる前に挫折した人はたくさんいるはずなんです。やっぱり優秀な調査助手を見つけられたところしか生き残っていないんだと思います」

 オランウータンの調査助手は、現地の森をよく知っていて、対象動物の行動も熟知し、素早く見つけ出さなければならない。また、とにかく忍耐が必要なオランウータンの追跡に耐え、調査のことを理解する好奇心を持ちつつ、いざ記録を任せられた時に誠実に記録する手堅さも必要だ。

 こういった資質の持ち主には、なかなか出会えるものではない。

クラウドファンディング

 そこで、久世さんたちは市民からの直接支援を募っている。

「私たちの研究を応援して、少しでも寄付したいって言ってくれる人はいるんです。でも、これまで踏み切れなかったのは、手間の問題です。例えば、会員制にして、ニュースレターとか出して、毎年決算をして、年会費を送ってくれていない人に催促の手紙を出したりとか、それ、もうキャパ超えるよねって。でも、クラウドファンディングなら、手数料を払うかわりに、お金を受け取るところまでは何とかなる。報告書とかそういうフォローアップはしなきゃいけないんですけど、これならできるかなと思って始めたんです」

 今年(2016年)の6~8月に募集したクラウドファンディングでは、120万円を集めた。調査助手2人の1年分の給料に相当する。さらに、「初の夜間観察に挑戦!」というテーマで、12月31日まで第二期の募集をかけている。調査助手の雇用や、備品など、現地にお金が流れる場合、既存の研究費がどんどん制限が厳しくなっていることも含め、今後は市民の支援が重要な要素になっていくはずだ。

現在は通年受付(期限なし)のクラウドファンディングを実施中。詳しくは<a href="http://japangiving.jp/p/5309" target="_blank">こちら</a>。
現在は通年受付(期限なし)のクラウドファンディングを実施中。詳しくはこちら
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 今、もしもフィールドが維持できなくなったら、これまで蓄積してきた10年以上のデータがふいになる。花を咲かせる前に、枯れてしまう。なにか悲観的な状況だが、研究者がみずから市民から援助を受ける手立てが、このような形で整えられている現在というのは、捨てたものではない。

 願わくば、こういった努力が報われ、オランウータン研究が進展して、また、それが、オランウータンの保護や、生息地の保全につながりますように、と思う。

つづく

久世濃子(くぜ のうこ)

1976年、東京都生まれ。国立科学博物館 人類研究部 日本学術振興会特別研究員。理学博士。日本オランウータン・リサーチセンター事務局長。1999年3月、東京農工大学農学部地域生態システム学科卒業。同年4月、東京工業大学命理工学研究科に入学してオランウータンの行動や生態を研究し、2005年9月に博士号を取得。京都大学野生動物研究センターの研究員などを経て、2013年4月から国立科学博物館人類研究部に所属。著書に『オランウータンってどんな『ヒト』?』(あさがく選書)、共著に『セックスの人類学』(春風社)、『女も男もフィールドへ(FENICS 100万人のフィールドワーカーシリーズ12)』『フィールドノート古今東西(FENICS 100万人のフィールドワーカーシリーズ13) 』(共に古今書院)などがある。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、天気を「よむ」不思議な能力をもつ一族をめぐる壮大な“気象科学エンタメ”小説『雲の王』(集英社文庫)『天空の約束』、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン 銀河のワールドカップ ガールズ』(ともに集英社文庫)など。近著は、知っているようで知らない声優たちの世界に光をあてたリアルな青春お仕事小説『声のお仕事』(文藝春秋)と、ロケット発射場のある島で一年を過ごす小学校6年生の少年が、島の豊かな自然を体験しつつ、夏休みのロケット競技会に参加する模様を描いた成長物語『青い海の宇宙港 春夏篇』『青い海の宇宙港 秋冬篇』(早川書房)。
本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 ――日本人の眠り、8つの新常識』(日経BP)、「昆虫学」「ロボット」「宇宙開発」などの研究室訪問を加筆修正した『「研究室」に行ってみた。』(ちくまプリマー新書)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)がスピンアウトしている。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。

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