たしかに、50m以内にいるだけで「ソーシャル」というのは、ぱっと聞いただけでは違和感がある。しかし、オランウータンの場合、それでも「ソーシャル」と言いたくなるだけの背景がある。極端な単独性ゆえだ。

「たとえば、同じオランウータンを3日間追跡しても、50m以内で他個体を見ることが1回もない、声も聞こえない、というのが普通です。社会交渉(交尾や遊びなど身体接触を伴う交渉)を観察できるのは、オランウータンの全観察時間の1%未満なんです」

 50mといえば確実にお互いの存在を知りうる距離だろう。孤独に生きる日常が破られて「他人」を意識においた行動を取るようになる、という点で広義の社会的状況なのだと理解した。

「文化」の断片

 さて、2004年に調査を開始したダナムバレイでは、すでに10年以上のデータが蓄積されている。原生林の中で楽園生活をしているかと思いきや、実はオランウータン界でも屈指の厳しい環境を生き抜いているということが分かったと、すでに紹介した。

 長期間の調査の中で、森の一斉開花・一斉結実も経験したし、フンを使ったDNAの分析でオスも含めた血縁関係も分かってきたし、顔にヒダ(フランジ)を発達させた優位なオスが交代するのも目の当たりにした。オランウータンが寝床を作った後の行動を観察し、なんと木の枝についた小さな実をリラックスしながら食べている様子は動画まで撮影できた。ひょっとするとダナムバレイのオランウータンの「文化」かもしれない。今後、大きなストーリーにまとめ上げられるべき断片はふんだんに見つかっている。

寝床を作った後の行動を撮影した動画。たくさんの枝を寝床作りと食べるために運ぶ行動は他の調査地では見られず、ダナムバレイに特有だという。(出典:久世ほか(2011)霊長類研究,27(1): 21-26. 電子付録(https://www.jstage.jst.go.jp/article/psj/27/1/27_27.007/_article/supplement/-char/ja/))

 また、久世さん自身の(また、目下のオランウータン研究の)重点目標である繁殖生態については、単なる「点」の情報ではなく、近い将来、論文にしていくべきテーマも見えている。煩雑になりすぎないように2点のみ紹介する。

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