「学部4年生の秋に、現地に行ってリハビリテーションセンターのオランウータンに初対面したんですけど、それが結構、衝撃的でした。ボランティアとしてオランウータンの世話を手伝ってもいいよって言われたので、次の日の朝行ってみると、スタッフがいなくてオランウータンだけだったという状況。で、オランウータンの子どもが近づいてきて、どうしたらいいか分からなくて突っ立っていたら、足をつかまれて、履いていた長靴の中にジョボジョボジョボっておしっこされたんですよ」

 ぼくは、この体験をうらやましい! と感じる人が確実にいることを知っている。しかし、前途多難である。

 なお、リハビリセンターというのは、森林伐採や火災で住処を失ったり、密猟で母親を失ったりして保護されたオランウータンの体力を回復させ、幼な子の場合は、野生に必要な生存技術を教えてから野に放つ施設だ。久世さんが行ったのは、マレーシア・サバ州のセピロク・オランウータン・リハビリテーションセンターだ。

顔の形態の変化

 さて、修士時代。

 久世さんの最初の研究は、オランウータンの顔の形態の変化。

「幸島先生から、目のことが気になるから視覚コミュニケーションに注目して観察したらどうだと言われて、多摩動物園で観察を始めたんです。でも、そのうちに、伸びあがってまぶたをちょっと下げて遠くを見るような行動が気になってきて、そこから、子どもはみんなまぶたが白いなとか、ちょっと若いくらいの大人でも白いなとか、まぶたの色が気になるようになってきました。そういえば子どもの顔は白いし、大人は真っ黒だし、その変化はいつどうやって起こるのかなと思ったら、そういうことってまだ調べられてなかったんですよね。それで、顔の形態を調べるのを修士のテーマに選びました。あちこちの動物園に行って写真を撮って分析するのと、あと、日本国内だけだと足りなかったので、セピロクにまた行って、あっちで大量に写真を撮ってきて、合わせて74個体ぐらい分析して、まあまあきれいに結果は出たんです」

 その結果を、またも思い切り端折って言うと──

  • オランウータンは赤ちゃんの時は、まぶたも顔(特に口の周り)も白い。
  • 独り立ちする6~7歳くらいに、かなり急に顔が黒くなってくる。
  • 雌ではまぶたは白いまま、性成熟したあともしばらく残る。
成長に伴うオランウータンの顔形態の変化。3歳(Age 3 year)までは目と口の周りが白いが、7歳までに口の周りは黒くなり、15歳までに目の周りも黒くなる。(画像提供:久世濃子)

 こういったことは、動物園で1頭、2頭、飼育しているだけでは気づかない。かりに気づいても、比較の対象がないし、個体の特徴だといってしまえばそれまでだ。ある程度、数を見て、はじめてはっきりと言える。しかし、いったん分かってしまえば、後は野生での個体識別や年齢推定に大いに役立つ。そういう意味で、久世さんはこの時期から、なんとなく野生での研究の足場がためをしていた感がある。