「大学でやっていた輪読会でサルのことを勉強していたんです。そのときに、チンパンジーとかゴリラは日本語でたくさん本が出ているけど、オランウータンはほとんどないよなと思って、あまり研究されていないのかなと。それで、幸島先生に聞かれたときに、スルッとオランウータンって言っちゃって、そうしたら幸島先生が『オランウータン、それはいいな』みたいな」

なるほど、そんな経緯が。

白目がある

 普通、「やめておけ」というところで、「いいな」と言ってしまうのが幸島さんだ。また、幸島さんにも、そう言いたくなる背景があった。当時、幸島さんにとって、オランウータンは気になる動物だった。というのも、オランウータンとヒトとの間に、不思議な共通点を見つけたばかりだったからだ。

「霊長類の中で、ヒトの目の特徴って、目の輪郭が横長だというのと、白目があることなんですよ」と久世さんが解説してくれた。

 輪郭が横長というのはともかく、白目がある、というのはどういうことだろうか。白目はあって当たり前……いや、たしかに、ニホンザルやゴリラやチンパンジーの目を見ると、白目が白くない!(白目とは呼べない!)

「人間以外の霊長類では、胎児の段階では白いのに、後でこげ茶色に着色しているんですよ。それから地上性の種は樹上性の種に比べて目が横長になるのですが、ヒトは飛び抜けて目が横長なんです。誰でも気づきそうなのに、きちんと考えた研究者がいなくて、幸島先生が教え子の小林洋美さんと考察して『ネイチャー』に論文を発表したばかりでした。でも、オランウータンって、ちょっとセオリーから外れているんです。白目が着色しているのは他の霊長類と変わらないですが、樹上性の割に目の輪郭が横長なんですよね。これが何を意味するのか、って幸島先生は気になっていたみたいです」

樹上性の割に、オランウータンの目の輪郭は横長だ。(写真提供:川端裕人)

 思い切り端折って言えば、ヒトの場合、コミュニケーションのために「視線」を使うことと、着色されない「白目」の存在や、極端に横長な目が関係ある、という話だ。幸島さんは、1997年に小林洋美さんとの共著で、この件をネイチャー誌に発表し、その後、考察を深めて何本も論文を出している頃だった。オランウータンは、他の樹上性霊長類と違って、目の輪郭がヒトに似ており、まさに気になる動物だった。

 というわけで、久世さんは東工大の院試を受けて、幸島研究室の一員になった。と同時に、いや、少し先立って、オランウータンとの最初の接近遭遇も果たした。