オランウータンのデータは、8時間連続で観察して最小単位というふうに、各国の研究者が従っている共通プロトコルがあるので、この8時間をクリアする直前にこんなことが起きると痛恨だ。それまでの記録がすべて使えないものになってしまう。

 待って待って、それでも1分ごとにやってくる記録やその他のことで意外と慌ただしく、それでも動きがない時には単調で眠気と戦いつつ、午後、オランウータンが、周囲の枝を集めてきて寝床を作り始めたら、やっと先が見えてくる。

「早いと午後3時ぐらいにベッドを作り始めることもあるんですけど、いつ作るのかは本当に分かりません。それまでずっと追いかけて、作ったベッドでもう寝たなというのを確認できるのは午後6時とか、遅いと7時ごろですね。そこまで見届けて、やっと私たちは一息つけるんです」

調査中の久世さん。オランウータンの調査では待つ時間がとても長い。(写真提供:川端裕人)
調査中の久世さん。オランウータンの調査では待つ時間がとても長い。(写真提供:川端裕人)
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世界最小のチーム

 こうやって寝床を確認できれば、翌朝も同じ場所から始められて、観察の効率があがる。もっとも、フルで観察できると、朝5時から夜の7時までフィールドにいることにもなりかねず、何日も続くときつい。せめて調査助手は、午前午後の交代制にできればいいのだが(他の調査地は、どこも調査助手は1日1~2交替制)、久世さんたちは、実を言うと「世界最小の調査チーム」なので、それもままならない。調査小屋からの行き来の時間もあるし、シャワーを浴びて、夕食を作って食べ、必要最小限のことをやっているだけでも、睡眠時間を削ることになる。だから、調査は3日ごとに休みを入れる。本当に、毎日だったら、体力的にもたない。記録の整理などのための時間も必要だ。

 こんなふうに地道に追いかけて、地道に行動を記録して、久世さんたちはいったい何を知りたいのだろう。何を解き明かそうとしているのだろうか。「少子化」「孤独な子育て」というキーワードを前回紹介したけれど、そこまでたどり着くにはデータの蓄積が必要で、先に見ておくべきことは別にある。

「まず、最初は採食生態なんです」と久世さん。

 いつ、どこで、なにを、どのように、どれくらい、食べているのか。

 生息地の保全や、保護施設や動物園などでの飼育の向上などにも直結する知識でもある。

 すでにダナムバレイでの初期の観察の成果が、論文として発表されているので、そこから分かる、原生林でのオランウータンの暮らしぶりを見ていこう。

「待ち」が長く、ずっと上を見ていなければならない時、ハンモックを使うことがある。 そのハンモックに乗ってみたときのひとコマ。足のカバーはヒルよけだが、これでも入ってきた。(写真提供:川端裕人)
「待ち」が長く、ずっと上を見ていなければならない時、ハンモックを使うことがある。 そのハンモックに乗ってみたときのひとコマ。足のカバーはヒルよけだが、これでも入ってきた。(写真提供:川端裕人)
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つづく

久世濃子(くぜ のうこ)

1976年、東京都生まれ。国立科学博物館 人類研究部 日本学術振興会特別研究員。理学博士。日本オランウータン・リサーチセンター事務局長。1999年3月、東京農工大学農学部地域生態システム学科卒業。同年4月、東京工業大学命理工学研究科に入学してオランウータンの行動や生態を研究し、2005年9月に博士号を取得。京都大学野生動物研究センターの研究員などを経て、2013年4月から国立科学博物館人類研究部に所属。著書に『オランウータンってどんな『ヒト』?』(あさがく選書)、共著に『セックスの人類学』(春風社)、『女も男もフィールドへ(FENICS 100万人のフィールドワーカーシリーズ12)』『フィールドノート古今東西(FENICS 100万人のフィールドワーカーシリーズ13) 』(共に古今書院)などがある。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、天気を「よむ」不思議な能力をもつ一族をめぐる壮大な“気象科学エンタメ”小説『雲の王』(集英社文庫)『天空の約束』、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン 銀河のワールドカップ ガールズ』(ともに集英社文庫)など。近著は、知っているようで知らない声優たちの世界に光をあてたリアルな青春お仕事小説『声のお仕事』(文藝春秋)と、ロケット発射場のある島で一年を過ごす小学校6年生の少年が、島の豊かな自然を体験しつつ、夏休みのロケット競技会に参加する模様を描いた成長物語『青い海の宇宙港 春夏篇』『青い海の宇宙港 秋冬篇』(早川書房)。
本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 ――日本人の眠り、8つの新常識』(日経BP)、「昆虫学」「ロボット」「宇宙開発」などの研究室訪問を加筆修正した『「研究室」に行ってみた。』(ちくまプリマー新書)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)がスピンアウトしている。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。

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