小野さんの口調は、まったく冗談ではなく、正真正銘の本気だった。なお、80日間、というのは、もちろん、ジュール・ヴェルヌの古典的名作『80日間世界一周』から取っている。
「──今のローバーが走るのって、10年もかけてせいぜい数十キロじゃないですか。でもね、火星の全表面積って、地球の全陸地面積と同じだけあるんですよ。火星ローバーは、マーズ2020が成功して、5つ目です。それで、5カ所、数十キロ走っただけで何がわかると。やっぱりね、もっと広い地域をカバーする必要がありますよね。だから、80日とは言わないけども、何年かかけて火星をくるーっと回って、そこらじゅう行けるようなローバーが欲しいですよね」
「──前に言いましたけど、火星には着陸できない場所がいっぱいあるんです。標高が高いところは大気が薄くて、パラシュートでは減速しきれなかったり。今、ローバーが走る距離があんまりないから、着陸できる低い平地から抜けられないんですよ。でも、たくさん走れるローバーができれば、例えば、オリンポス山の頂上とか行きたいですよね」

新しい景色を
オリンポス山は、標高2万メートルを超える「太陽系の最高峰」だ。その頂上に立った時、どんな景色が見えるのか。もちろん絶景であることは間違いないはずで、と同時に、そこまでできる技術は、ローバーの可能性を広げ、もっともっと新しい「景色」を見せてくれることだろう。
ほかにも、「太陽系最大の渓谷」であるマリネリス渓谷(深さ最大11キロメートル)に降りてみたいとか、火星地図を前にしてああだこうだ語り合った。楽しいひと時だった。なお、マリネリス渓谷については、低い土地なので、パラシュートも問題なく使え、今の技術でも行ける場所ではある。しかし、深い渓谷の様子を楽しんだ後、渓谷沿いに進み、何百キロも旅をして、最後はクリュセ平原にまで抜けて、1976年のバイキング1号や、1997年のマーズ・パスファインダーのローバー、ソジャーナと再会したらどうだろう、とか考えるとますます楽しいのである。

さて、小野さんの研究にはさらに先がある。
ここからは火星を離れて、もっと遠くへと行く。萌芽的な研究で、とにかくぶっ飛んだアイデアに研究資金がつくというNASAの制度を利用して、実にSFチックなアイデアを追究しているのである。
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