火星探査車でいつかは「80日間火星1周」!
NASAジェット推進研究所(JPL)火星探査 Mars2020 小野雅裕(5)
唯一、太陽系のすべての惑星に探査機を送り込んだNASAのJPLことジェット推進研究所。あのNASAの無人宇宙探査ミッションの核とも言えるこの研究所で大活躍する小野雅裕さんに、「マーズ2020」火星探査計画をはじめ、JPLでの研究開発について聞いてみた!
(文=川端裕人、写真=的野弘路)
NASAのジェット推進研究所、JPLで、小野さんは最初の大きなミッションとしてマーズ2020の火星探査に挑んでいる。火星ローバーの自動運転アルゴリズムの改良が主たるタスクだ。着陸地点の選定の仕事にも加わっている。
しかし、それは、費やす時間の75パーセントで、ほかの25パーセントは別のこと、それも、もっと先を見据えたことに費やしていると最初に伺った。「マーズ2020」の話がとてもおもしろすぎて、多くの字数を費やしてしまったけれど、「その先」にも、ワクワクする話が待っているはずだ。どんどん伺っていこう。
ローバーを自由に
ぼくが、まず気になったのは、「ローバー」だ。惑星や衛星の地表におりて自走するローバーは、今後も多くの探査計画で使われるはずで、小野さんの宇宙キャリアのひとつの道筋として、ローバーの専門家になっていく方向性があるのではないか、と。
「たしかに、マーズ2020の次のローバーの人工知能の研究とかをやってます。まさに最近はやってるあれです。ディープラーニングです。ローバーが撮った写真から、ここは危ない砂地だ、ここは危ない岩地だ、ここは行ける地形だっていうのを判断する。今までのローバーっていうのは、幾何学的な情報からしかローバーの走行の安全性を判断しなかったんですよ。でも、同じ平らな場所でも、深い砂か、固い地面かは全然違うじゃないですか。その部分を、人間が見て、パターン認識して判断していたんですが、それをローバー自身にやらせるんです。あと、リスク・アウェアー・プランニング(Risk aware planning)──リスクを気にしたプランニング、と言えばいいですかね。不確定性を考慮して、大きなリスクを取りすぎずに行動するようなアルゴリズムです。それは、僕が博士学生の頃からやってる研究で、今も研究資金をとって続けてるんですけども」
マーズ2020のマストのトップに取り付けられる高解像度カメラの想像図。(Image: NASA/JPL-Caltech)
いずれも、これまで人間が遠く離れた地球上で判断していたことをローバー自身にやってもらうということで、つまり、自動走行できる局面が増える。10年以上火星にいるオポチュニティが、その間に走った距離がせいぜい40キロから50キロだと教えてもらったけれど、その「遅さ」の主要因は、ほとんど「マニュアル」(人間が判断して指示する)で動いているからだ。小野さんのこの方面の研究が進展すると、ローバーはもっと自由になる。
「僕がよく半分冗談、でも本気で言ってるのは、80日間火星1周したいってことですね」
小野さんの口調は、まったく冗談ではなく、正真正銘の本気だった。なお、80日間、というのは、もちろん、ジュール・ヴェルヌの古典的名作『80日間世界一周』から取っている。
「──今のローバーが走るのって、10年もかけてせいぜい数十キロじゃないですか。でもね、火星の全表面積って、地球の全陸地面積と同じだけあるんですよ。火星ローバーは、マーズ2020が成功して、5つ目です。それで、5カ所、数十キロ走っただけで何がわかると。やっぱりね、もっと広い地域をカバーする必要がありますよね。だから、80日とは言わないけども、何年かかけて火星をくるーっと回って、そこらじゅう行けるようなローバーが欲しいですよね」
「──前に言いましたけど、火星には着陸できない場所がいっぱいあるんです。標高が高いところは大気が薄くて、パラシュートでは減速しきれなかったり。今、ローバーが走る距離があんまりないから、着陸できる低い平地から抜けられないんですよ。でも、たくさん走れるローバーができれば、例えば、オリンポス山の頂上とか行きたいですよね」
中央やや下の高まりがオリンポス山。(Image:NASA/JPL-Caltech/University of Arizona)
新しい景色を
オリンポス山は、標高2万メートルを超える「太陽系の最高峰」だ。その頂上に立った時、どんな景色が見えるのか。もちろん絶景であることは間違いないはずで、と同時に、そこまでできる技術は、ローバーの可能性を広げ、もっともっと新しい「景色」を見せてくれることだろう。
ほかにも、「太陽系最大の渓谷」であるマリネリス渓谷(深さ最大11キロメートル)に降りてみたいとか、火星地図を前にしてああだこうだ語り合った。楽しいひと時だった。なお、マリネリス渓谷については、低い土地なので、パラシュートも問題なく使え、今の技術でも行ける場所ではある。しかし、深い渓谷の様子を楽しんだ後、渓谷沿いに進み、何百キロも旅をして、最後はクリュセ平原にまで抜けて、1976年のバイキング1号や、1997年のマーズ・パスファインダーのローバー、ソジャーナと再会したらどうだろう、とか考えるとますます楽しいのである。
中央を横に走る巨大な溝がマリネリス渓谷。長さは3000キロを超える太陽系最大の谷だ。
さて、小野さんの研究にはさらに先がある。
ここからは火星を離れて、もっと遠くへと行く。萌芽的な研究で、とにかくぶっ飛んだアイデアに研究資金がつくというNASAの制度を利用して、実にSFチックなアイデアを追究しているのである。
小野雅裕さんは仕事の4分の1をより先を見据えた研究開発に費やしている。
「NASAって、組織の中に4つディビジョンがあるんです。そのうちのひとつが『テクノロジー』で、さらにその下に9つファンディング、つまり研究費を出すプログラムがあります。それぞれが、どの程度の技術成熟度かっていうのに応じて、分かれてるんですね。あるものは、もうすぐ飛びそうなものに技術実証の機会を与える目的だったりとか、中ぐらいの技術成熟度のものをフライトにもっていくためのものとか。その中で、一番ハイリスク・ハイリターンな、今のところ何の役に立つかわかんないような、でも面白い研究に研究費を出すのが、NIAC、NASA Innovative Advanced Conceptsっていうプログラムです。予算は非常にちっちゃいです。今すぐ実現できるとは思えないけども、もしかしたら、10年後、100年後に宇宙開発を根底から変えるかもしんないアイデアにお金出すっていうものなんですね」
彗星ヒッチハイカー
"NASA Innovative Advanced Concepts"、NIAC(NASA革新的先進的構想、みたいな意味)、というのは覚えておいてよい仕組みだ。このワードで検索してみると、本当にぶっとんだアイデアがたくさん出てくる。
たとえば、小惑星をまるごと1個のロケットにしようとか、2枚の膜の間に燃料を封じ込めてそれ自体が宇宙船になる「平面宇宙船」とか、火星有人探査のための人工冬眠システムとか、3日で火星に行けるレーザー推進システムとか、もちろん、宇宙エレベーター構想もある。
ここで得られる研究費は10万ドルで、宇宙探査の世界では少額だが、新規性の高いアイデアの実現可能性をきちんと検証し、将来のために種をまくには充分に役に立つだろう。そして、意欲ある若手に、PI(研究主宰者)として、プロジェクトを切り盛りする機会を与えることもできる。
小野さんがこういったチャンスを逃すはずもなく、JPLに入った翌年、2014年にはじめて挑戦し、見事に二段階のセレクションを通過、毎年10名ほどしか選ばれないNIACフェローになった。
そのテーマは、「彗星ヒッチハイカー」、である。
つづく
1982年、大阪生まれ。2005年、東京大学工学部航空宇宙工学科卒業。2012年マサチューセッツ工科大学(MIT)航空宇宙工学科博士課程および同技術政策プログラム修士課程終了。慶應義塾大学理工学部助教を経て、現在NASAジェット推進研究所に研究者(research technologist)として勤務。著書に『宇宙を目指して海を渡る MITで得た学び、NASA転職を決めた理由』がある。2016年11月現在、『小山宙哉公式サイト』で「一千億分の八」を連載中。
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