唯一、太陽系のすべての惑星に探査機を送り込んだNASAのJPLことジェット推進研究所。あのNASAの無人宇宙探査ミッションの核とも言えるこの研究所で大活躍する小野雅裕さんに、「マーズ2020」火星探査計画をはじめ、JPLでの研究開発について聞いてみた!

(文=川端裕人、写真=的野弘路)

 次期火星ミッションであるマーズ2020の話について、小野さんの仕事を一通り教えてもらった。自然と火星ローバーの話が多くなった。

 では、マーズ2020という計画自体は、火星探査の歴史の中でどんなところに位置づけられるのだろう。ここで俯瞰して、振り返っておこう。

 宇宙機を火星まで飛ばして行う探査は、1960年代のマリナー計画にまでさかのぼる。太陽系の惑星を探査するアメリカ初代の計画で、金星、火星、水星に初めて到達した。木星より遠い外惑星も目標にしており、それらはのちに「ボイジャー計画」と名を変えた。いずれも、JPLが中心となって行ったものだ。ここだけを見ても、いかに「ジェット推進研究所」が、惑星探査の「推進」役だったかよくわかる。

 火星に行ったのは、マリナー4号、6号、7号、9号の4機。4号は1964年、6号と7号は1969年、それぞれ火星の近傍を通り過ぎた。9号は、71年に火星周回軌道に乗り、多くの写真を撮影。赤外線や紫外線による大気の分析なども行った。

ちゃぶ台返し

 すでに歴史的な話であり、現役でこの頃のことを覚えている科学者、技術者も少なくなっている。しかし、ミッションを完遂したJPLでは、今もマリナーの成果は語り草になっている。小野さんによれば、惑星探査機による「"最初の"ちゃぶ台返し」として言及されるらしい。

「その頃って、結構、多くの人が『火星に植物がいるんだろう』と思ったんですね。火星には、極冠があって、だから火星に生命がいるっていう考えが、驚きではなかった時代があったんです。それが、マリナーが行ってみると、『あ、砂漠しかねえ』ってことになって、実際にバイキングが着陸してみても、生命の徴候は見つからなかった。火星に生命がいるという期待は、惑星探査機によってちゃぶ台返しされて、本当にその時、いったんゼロに落ちたんです」

人類の火星への旅は、もはや夢物語ではない――。ナショジオがお届けする火星の最新情報を、こちらでどうぞ!
マーズ 火星移住計画 特設サイトへ