1998年に発売され、大ヒットした初代iMac。CPUのクロック周波数は233MHzだった。(Copyright:Museum Victoria / CC BY)

 200メガヘルツのPowerPCというと、90年代に大ヒットした初代iMac(今のような液晶画面ではなく、ブラウン管の画面でカラフルなポリカーボネートのボディだったもの)に使われていたクラスだ。まさに20年前のプロセッサ。今で言えば、iPhoneのプロセッサの何分の1くらいかの処理能力だろう。

 なんで、そんな古いものを使い続けるのかすこぶる疑問である! と思い、ちょっと調べてみたら、キュリオシティに搭載された(マーズ2020にも多分搭載される)当該プロセッサ(RAD750というモデル)は、なんと2000グレイから1万グレイの放射線に耐えるという。これは地球上で人間が活動する上ではほぼありえないレベルだ。人間は10グレイも放射線を浴びれば確実に死に至る。しかし、無人探査機は、それほど強烈な放射線に耐えなければならない時がある。古くても支障なく使えるなら、実績のあるものを使うのが、NASAの流儀だそうだ。

 ここまできてふと疑問に思った。

 技術開発といっても、すごく保守的なハードを使い、ソフトもさらに手堅くしていく作業を小野さんはしているわけで、おまけに、目の前に宇宙にいく実機があるわけでもない。宇宙探査の研究者と聞いて一般に思われるよりも、ずっと地味だ。こういった仕事の中で、日々の歓びを感じる部分というのはどういうところだろうか。

イマジネーションで

「それは、多分、他の仕事と同じなんです。1つマイルストーンをクリアして、よっしゃーとか。『ああ、動かない、動かない』って一生懸命バグとりしたのが『ああ、動いた、よっしゃー』とか。でもね、そこで、自分のアルゴリズムが5年後に火星を走るところを想像するわけですよ。イマジネーションを働かせて。やっぱ、おもしろいんじゃないですか。自分のつくったものが火星で動くってね」

 ああ、そのとおりだ! 自分の質問の「イマジネーション」のなさを恥じる。

「今、ちょうど火星がよく見えるんです。夜9時ぐらいに職場を出て、南の空を見たら赤い星が光ってる(註・インタビューを行ったのは2016年10月5日)。あのちっちゃい光の中に、今も現役のローバーがいるんです。そして、あそこにぼくの仕事が行くのかって思うと、仕事帰りにワクワクしますよね」

 うんうん、とぼくはうなずいた。小野さんの語調に引き込まれ自然とテンションが高くなった。わずか数年後、いわば「火星クラブ」とでもいうべき、火星に探査機を送り込んだ人々の一員となっているはずの人物を前に、ぼくのイマジネーションもやっとリアルな火星にちょっとだけ届きそうな気がした。

つづく

(このコラムは、ナショナル ジオグラフィック日本版公式サイトに掲載した記事を再掲載したものです)

小野雅裕(おの まさひろ)

1982年、大阪生まれ。2005年、東京大学工学部航空宇宙工学科卒業。2012年マサチューセッツ工科大学(MIT)航空宇宙工学科博士課程および同技術政策プログラム修士課程終了。慶應義塾大学理工学部助教を経て、現在NASAジェット推進研究所に研究者(research technologist)として勤務。著書に『宇宙を目指して海を渡る MITで得た学び、NASA転職を決めた理由』がある。2016年11月現在、『小山宙哉公式サイト』で「一千億分の八」を連載中。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、天気を「よむ」不思議な能力をもつ一族をめぐる壮大な“気象科学エンタメ”小説『雲の王』(集英社文庫)『天空の約束』、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン 銀河のワールドカップ ガールズ』(ともに集英社文庫)など。近著は、知っているようで知らない声優たちの世界に光をあてたリアルな青春お仕事小説『声のお仕事』(文藝春秋)と、ロケット発射場のある島で一年を過ごす小学校6年生の少年が、島の豊かな自然を体験しつつ、夏休みのロケット競技会に参加する模様を描いた成長物語『青い海の宇宙港 春夏篇』『青い海の宇宙港 秋冬篇』(早川書房)。
本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 ――日本人の眠り、8つの新常識』(日経BP)、「昆虫学」「ロボット」「宇宙開発」などの研究室訪問を加筆修正した『「研究室」に行ってみた。』(ちくまプリマー新書)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)がスピンアウトしている。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。