さてさて。
ミュージアムとかかわる、3つめは、ARよりはVR寄りの研究。すでになくなった博物館全体を、それこそGoogleストリートビューのように動いていけるように作ってある。「行動誘発」の工夫がふんだんに仕掛けられていて、VRの中を歩く人たちを自然とある場所に誘導したりする。たとえば、博物館の見どころである「こだまの先頭車両」にたどり着くお客さんが少なかったため、導線にちょっと誘導をかけると3.5倍もそこまで行く人が増えたなどということが7000人もの規模のデータで実証された。今もある別の博物館にこのVRを置いているからできたことで、研究室ではちょっとむずかしい数の「被験者」だ。

「VRやARの有効な使い方っていうのは、たぶん時間を超えるっていうことだと思っています。過去と現在は絶対共存はできないですけど、VRやARをうまく使うと過去を追体験したりとかできるわけです。そして、将来的には、未来のことだって見ることができるんじゃないかと思うんですよね」
この「未来のこと」が、また次のテーマとつながる。
「我々は、今見ていただいたようなVRやARのためにいろいろな記録を残していくとか、アーカイブするってことをずっとやってきたわけですけど、過去のことがわかると、きっと未来も予測できるだろうと思っています。いわゆるビッグデータみたいな話で、過去こうだったから、こういうパターンが見えて、将来もそれが繰り返していくときっとこうなるみたいな予測。そういうのを使って、人に未来を見せると、それによって人の行動が変わっちゃうだろうと考えていまして。1つの例が自動車の運転です」

未来予測と自動車の運転! それはとても親和性が高そうだ。既存のカーナビだって、常に未来を予測して「到着時間」を教えてくれる。まあ、結構外れるとはいえ。
「例えば、高速道路ですと、この時間に行ったら渋滞にはまるとかもう未来の予測でわかっているわけです。じゃあ、サービスエリアで何分休めば渋滞にはまらずに、結局着く時間も大して変わらないよみたいな情報をうまく見せてあげられないかと考えて、『東名クエスト』ってゲームみたいなものも作りました。『次のサービスエリアで休憩しろ』みたいなタスクがアプリ上でポコッと出てきてクリアしていくと、『今日の名古屋までの旅は得点Aランク』みたいなのが出てくる。なんとなくみんな、そう言われるならやってみるかと思うわけですよね。ポケモンGOでも、ポケモンが捕まるならちょっと歩いてみるかとか」
それがカーナビに実装されれば、それこそRPGの中の出来事のように「旅の方、休んでいきなされ」といったふうに薦めてくれて、それに応じるうちに実は渋滞のストレスが軽減されて、時間的にもそれほど変わらずに到着できるようになるのかもしれない。だとしたら、それはとてもラッキーだ。

ほかにも、レシートの記録をたくさん記録することで「消費予報」を出すアプリや、ある仕事を引き受けたら、本当に期日までに間に合うか予測して「未来日記」として見せてくれるアプリなど、未来を見せることで行動を変える系統の研究がたくさんあるのだった。
ここでふと気づくのだが、鳴海さんの研究は、様々な局面で「行動を変える」というテーマを、濃淡の差こそあれ持っている。それがひとつの研究上のエッセンスなのだろうと、ぼくは感じるようになった。
つづく
(このコラムは、ナショナル ジオグラフィック日本版サイトに掲載した記事を再掲載したものです)
本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)がスピンアウトしている。
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